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愛が重いのは

 俺の愛って、重いですか。以前に結城がそう尋ねたことを篠宮は思い出した。  たしかに他人から見れば、そう思われても仕方ない。イベントでちょっと見かけた程度のことで勝手に惚れこみ、勤めている会社にまで押しかける。大勢の人の前で好きだと公言し、近づく者はすべて追い払う。思い余った挙句、相手に薬を盛ってベッドに縛りつける……普通なら、とっくの昔に警察沙汰だ。  情熱的で一途な反面、独占欲が強く、些細なことで嫉妬を露わにする結城。真面目で冷静と言われている自分とは対照的だ。普通に考えれば、誰が見ても結城のほうが恋愛に熱中するタイプだと思うに違いない。  自分は結城のように恋人を溺愛したり、恋愛に目が眩んで判断を誤ることはない……篠宮は今までそう思っていた。それが間違いだと気づいたのは、あの交通事故があってからだ。  暗い思いが胸の底に忍び寄るのを感じて、篠宮はくちびるを噛み締めた。本当は、愛が重いのは自分のほうではないのか。ここ最近の自分を顧みると、そう思わざるを得ない。  彼が髪を切っただけでどうしようもなく寂しくなったり、見合いの話が来ただけで不愉快な夢を見たり……恋をすると不安になるのは、誰しも同じかもしれない。だが、自分の場合はそれが度を過ぎているように思えた。  恋や愛など自分には関係ない。そう固く信じて、篠宮はこれまでの人生を送ってきた。結城に逢わなければ、今でも同じように過ごしていただろう。平穏で退屈な日々には、それなりの安らぎがあった。恋人に逢いたいと思う情熱も、誰かに奪われるのではないかという焦りもなく……いつかは相手を永遠に失ってしまうのだという、人の身にはどうにもできない残酷な真実にも苦しむことはなかった。  隣にいる結城に気づかれないよう、篠宮は小さく溜め息をついた。付き合い始めた頃は、まさかこんなに深入りすることになるとは思っていなかったのだ。初めは戸惑っていた自分も、彼を知るたびに恋心がひとつずつ積み重なり、今では同じ想いを抱くようになっている。  結城と付き合うようになるまで、彼のような男は、それまでの篠宮がもっとも苦手としていたタイプの人間だった。  同性から告白されたことも、たしかに衝撃的ではある。だがそれに輪をかけて驚いたのは、明るくて朗らかで屈託がない、彼のような男が自分を選んだという事実だった。  仮に自分が同性を好きになるにしても、結城のような男は選ばないだろう。もっと年上で、落ち着いて知性的で頼り甲斐があって、困った時には優しく導いてくれる……そんな男性を選ぶに違いない。そう頑なに信じこんでいた。

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