すし詰め状態という表現がまさにぴったりな満員電車を、なんとか無事に抜け出してホームに降り立つ。 　改札を抜け、通勤ラッシュの人波に混じって駅の構内を出る。駅前の信号を渡ると、篠宮は近くのコンビニエンスストアに足を踏み入れた。いらっしゃいませという店員の挨拶が、月曜の朝から爽やかに響く。 　オフィス街の真っただ中という場所柄のせいか、店内は弁当や菓子を買い求める客でごった返していた。とはいえ店側も心得たもので、混雑が予想される朝昼の時間帯は、大幅に人員を増やして対応している。 　篠宮はほぼ毎日ここで昼食を調達しているが、朝の混雑時でもさほど待たされたことはない。今日も四人の店員が、朝からレジをフル稼働させて手際よく客を捌いていた。 　特に変わり映えのしない日常に安心感を覚えつつ、適当に昼食を見繕って支払いを済ませる。コンビニを出て数メートル歩いた所で、背後から聞き慣れた声が響いた。 「おはよう、篠宮さん！」 　篠宮は立ち止まって振り向いた。紺色のスーツをきっちりと着こなした結城が、相変わらず輝くばかりの笑顔を見せて立っている。 「ああ、おはよう」 　朝から恋人に逢えたことに幸せを感じ、篠宮の口許に自然に微笑がのぼった。以前は始業時間ぎりぎりだった結城も、営業に昇格してからは時間に余裕を持って出勤するようになっている。篠宮の教育の賜物……かどうか定かではないが、営業として独り立ちし、社会人としての自覚もようやく固まってきたということだろう。 「どうだ、仕事のほうは。順調か」 　再び歩き出しながら、篠宮は結城に最近の仕事の状況を尋ねた。週末のデートの感想を語り合いたいところではあるものの、上司と部下という立場を考えるとそうもいかない。 「順調順調！　先週はメールでの遣り取りだけだったけど、きょう初めて、出張に行くメンバー全員と顔合わせするんだよ。えへへ。ちょっと緊張するけど、楽しみー」 　期待に満ちた表情で、結城が今日の予定を簡単に述べる。 　一瞬、篠宮の胸を複雑な感情がよぎった。自分以外の人と会うのが楽しみだなんて、単に仕事上のこととはいえ、ちょっと面白くない。だが、篠宮は何も言わずその思いを飲み込んだ。嫉妬していると思われるのは癪(しゃく)だ。 「出張まで、いよいよあと一週間だな」 「そうなんだよ。なんか、スケジュールとかの調整も自分たちでやらなきゃいけなくてさ。打ち合わせもちょこちょこ入ってくるし、今週は忙しくて、篠宮さんと一緒にお昼ご飯食べられないと思うんだよね。ごめん！　ほんとごめん！　出張から帰ってきたら、今までどおり二人で休憩に行けると思うんだけどさ」 　結城と一緒に昼食が食べられない。そう聞いた瞬間、篠宮の胸は落胆の思いで沈みこんだ。