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騒がしいしやかましいし
最初のきっかけこそ強引だったものの、結城と休憩時間を一緒に過ごすようになってから、かれこれ十か月以上が経っている。仕事のためとはいえ、その習慣がここで途絶えてしまうのは、やはりどことなく寂しい思いがした。
「別に……謝るような事じゃないだろう」
本心を隠し、篠宮は眼を逸らしながらあえて虚勢を張った。
「前は一人で食べていたんだ。元はと言えば、私が昼食をとっている場所に、君が勝手に押しかけただけだろう。君がいると騒がしいしやかましいし、落ち着いて食事もできやしない」
何よりも自分を納得させるため、立て板に水とばかりに文句をまくしたてる。言い過ぎたかと思ったが、結城は気落ちしたような顔で軽く肩をすくめただけだった。
「騒がしいとやかましいって同じじゃん……」
「そのくらい騒々しいってことだ」
「あー、また言った! 俺、どんだけうるさいんだよ……愛しい愛しい篠宮さんにそんな風に思われてたなんて、ちょっとショック……」
わざとらしく同情を引くように、結城がちらちらと篠宮に視線を向ける。その表情が可笑しくて、篠宮は思わず笑ってしまった。
「馬鹿。真に受けるな、ただの冗談だ。得意先の引き継ぎもまだ残っているし、シトリナさんの件が一段落したら、またあの休憩所で昼飯を食べながら一緒に相談しよう。君のお喋りがやかましいと感じたのは、本当に最初のうちだけだ。もう慣れてしまったせいか、今では隣に君がいないと、退屈でしょうがない」
「そうでしょうそうでしょう。えへへー。口ではいろいろ言っても、心の中では篠宮さん、俺のこと大好きだもんね! 大丈夫。篠宮さんのそんな意地っ張りなところ、俺はよーく解ってるから」
瞬く間に相好を崩し、結城がしたり顔でうなずく。その小憎らしい表情すら愛しいと感じて、篠宮は自分自身の不甲斐なさに呆れ返った。出逢った頃は間違いなく鬱陶しいと思っていたはずなのに、今ではすっかり心を奪われ、恋人の魅力に骨抜きにされてしまっている。
「もう、篠宮さんってば。こんなに相思相愛なんだから、いいかげん諦めてけっこ……あ、ヤバいヤバい、またプロポーズしそうになっちゃった」
ぺろりと舌を出し、結城が悪戯っぽい表情で笑う。篠宮の決心が固まるまでプロポーズしないという約束を、頑なに守るつもりでいるようだ。
「あ。俺、ちょっと前髪直したいから先に行ってるね。なんかさー。短くなって楽になるかと思ったら、妙な癖があるせいか、逆に決まらなくってさ。また伸ばそうかなー。前のほうが似合ってたっていう人も結構いるし。篠宮さんはどっちがいいと思う?」
「そんな事を話してる場合か。髪を直したいなら、早く行け」
先に行くと言いつつ焦る様子のない結城を見て、逆に気が急いてしまう。なかなか離れようとしない恋人を促すため、篠宮は鞄のポケットを探った。
「ほら、これを貸してやるから」
半ば押しつけるようにして、篠宮は小さな缶に入ったスタイリング剤を手渡した。出先で髪が乱れた時の身だしなみとして、自身がいつも携帯している物だ。
「ありがと、さすが篠宮さん! 営業の鑑! 後で返すね」
恋人の持ち物を借りたことで弾みがついたのだろうか。結城が軽く手を振り、一足先に会社へ向かい走り去っていく。
恋人の後ろ姿を見送りながら、篠宮は微かに溜め息をついた。教育係として共に仕事ができなくなってしまったのは残念だが、仕方ない。今までが特別すぎたのだ。
出張から帰ってきたら、今までどおり二人で休憩に行けると思う。結城のその言葉を思い出しながら、篠宮は、彼の出張など早いところ終わってくれないものかと切に願った。
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