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離れてみると
海外の大手の商社と契約を結ぶため、専門家と相談しながら、細かな内容や取引のルールを定めていく。その忙しさは実のところ、篠宮の想像以上だったらしい。
いつもの休憩所で昼食のサラダを前にして、篠宮は溜め息をついた。
今日は水曜日だ。結城とは月曜日の朝に話したきり、ほとんど顔を合わせてもいない。外部の人間と打ち合わせをしなければいけないという事で、今の結城は直行や直帰が主となっており、篠宮とはすれ違うことが多かった。
結城の前では強がってみせたが、実際に離れてみると、胸をよぎるのはやはり寂しいという思いに他ならなかった。恋人との他愛ないお喋りというスパイスが無くなってしまったせいか、昼食も味気なく、だんだんと食欲が失せていくのが自分でも分かる。
サラダにヨーグルトにお茶。小鳥のように少ない昼食を見て、篠宮は我ながら情けないと感じた。気がつくと彼のことばかり考え、彼に逢いたいと思うあまり、食欲さえ無くなっている。これでは恋をし始めたあの時と同じだ。
相思相愛。結城は二人の関係をそう評していた。
その言葉を、篠宮は改めて胸に刻みこんだ。届かぬ想いに苦しんでいるというなら話も解るが、自分が彼に抱いている感情は、単なる片想いではないのだ。すでに何度も身体を重ね、お互いに深く想い合った仲なのだから、もう少し心に余裕を持ってもいいのではないかと自分でも思う。
直接逢う時間が少なくなっても、結城は仕事の合間を縫って、彼らしい愛情のこもったメッセージをくれる。この忙しさが永遠に続く訳ではないのだから、今はこれで満足するべきだ。篠宮はそう考えて自分を納得させた。
窓の外には、雲ひとつない秋晴れの空が広がっている。腕時計に軽く眼を向け、篠宮は時間を確認した。午後は新宿の会場まで行き、営業マネジメントについての研修を受ける予定が入っている。
雨には縁がなさそうな青空を見て、篠宮はなんとなくほっとした。別に雨が降ってもどうという事はないが、晴れているに越したことはない。
研修の終了時刻は十七時で、社には戻らずそのまま帰宅して良いということになっている。研修が済んだら久しぶりに新宿のデパートを見て歩き、何か美味しい物を食べて帰ろう。
「はあ……」
暑くもなく寒くもない、よく晴れた過ごしやすい天気。誰にも遠慮せず一人で行くことのできる、気ままな買い物と美味しい食事。心躍る計画であるにも関わらず、篠宮は沈んだ思いで再び溜め息をついた。
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