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甘やかさないで
「や、あ……恥ずかし……」
「もう篠宮さん。そんなふうに言ったら余計に俺を煽っちゃうってこと、解ってる?」
濡れて柔らかくなった後孔に、硬い切っ先が当てがわれる。期待に喉が鳴りそうなのを感じ、篠宮は慌てて息を止め生唾が出るのを抑えた。
結城と出逢うまで、篠宮が恋人をつくらなかったのには理由がある。単純に縁が無かったということもあるが、それ以上に、性的なことに対して微かな嫌悪感を抱いていたためだ。それは生まれ持った潔癖な性格によるものかもしれないし、育ってきた家庭環境によるものかもしれなかった。
恋人同士や夫婦にとって、性行為というものが単なる生殖行動にとどまらず、コミュニケーションの一環であることは理解していた。だがだからといって、お互いになりふり構わず求め合うのは、やはり恥ずべきことだ。幼少期から思春期を経てごく最近になるまで、篠宮はずっとそう思って過ごしていた。
その考えが変化しはじめたのは、いつの事だっただろうか。愛しくてたまらず、お互いに誘い合って何度も欲してしまう気持ちが今なら理解できる。恋人からこんなにも強く求められ、愛されていると思うと、気の遠くなるような喜びに胸が熱くなった。
「結城……君だけだ」
「ん? 何?」
手をついて上半身を前に倒し、結城が篠宮の顔を覗きこむ。恥ずかしさをこらえ、篠宮は今の自分の思いを正直に伝えた。
「こんな風に身体を許すのは、君にだけだ……他の人になんて、絶対に無理だ」
こうして触れ合っているだけで、心地好い温もりが胸を満たし、自分たち二人が眼に見えぬ絆でしっかりと結ばれているのが分かる。橘とエリックの影が脳裏をよぎり、すぐに消えていった。他の男のことなど考えたくない。今は、眼の前にいる恋人のことだけ考えていたかった。
「当ったり前でしょ。篠宮さんの運命の相手は、俺なんだから。篠宮さんをこんなに気持ち良くできるのも、俺だけ。それは絶対だよ。だから、他の奴と試してみようなんて思わないでね?」
「馬鹿……そんなこと、思うわけないだろう」
たとえ一瞬でも他の男を思い浮かべたことに罪悪感を覚え、篠宮はややぶっきらぼうに言い返した。
「ごめんごめん。分かってるよ、それくらい」
あらぬ疑いをかけられ、恋人が気を悪くしたとでも思ったのだろうか、結城は宥めるように声を低めた。
「俺、篠宮さんのこと信じてるもん。篠宮さんが浮気するなんて、天地がひっくり返っても有り得ないよ」
俺も篠宮さんだけだよ。そう言いながら、結城が相好を崩す。その人懐っこい笑みがたまらなく愛しく、篠宮は身体の奥が切なく疼くのを感じた。やはり、自分には結城しかいない。そう分かりきっているのに、その彼をいつか失うことになるのだと考えると、刺すような痛みが胸を襲った。
「もうー。篠宮さんが可愛いこと言うから、余計に大きくなっちゃったじゃん。ほら、挿れるよ。ちょっと痛くても我慢してね。篠宮さんのせいでこうなっちゃったんだから」
いつもに増して張り詰めたものが、ゆっくりと中を広げていく。反り返った切っ先が奥に届いた瞬間、結合部のすぐ上にあった篠宮の双玉が、うねるように収縮した。
「いや、あっ」
追い詰められた呻きと共に、先端から白い液体が噴き出す。信じられない思いで、篠宮は自らの身体を見下ろした。腹から胸にかけて、紛うかたなき欲望の証が点々と散っている。
「うそ……挿れただけでイッちゃったの?」
「あ……」
羞恥に耐えきれなくなり、篠宮は思わず手のひらで顔を隠した。興奮しすぎて精を漏らしてしまうなんて、いいかげん二十代も半ばを過ぎた、成人男性の身に起こる事とは到底思えない。
「すっ……済まない」
「えー、なんで謝るの? 挿れただけでイけるようにするの、俺の夢だったんだから。大丈夫だよ、早漏だなんて馬鹿にしないからさ。それだけ俺とのエッチで興奮して、感じてくれたって事でしょ?」
正常位の利点を最大限に活かし、結城が篠宮の顔を眺めながらくいくいと奥を小突く。篠宮は悲鳴をあげた。こんなに容赦なく最奥を突かれたら、あっという間にまた絶頂を迎えてしまう。
「や、駄目っ、待ってくれ」
「あー……ちょっと激しすぎるか。イッたばっかりだから、ゆっくり動くね」
いったん腰を引き、結城は長いストロークで抜き差しを繰り返した。
「あっ、あ……」
快感がじわじわと高まり、手足の指先まで広がっていく。もはや異物感など無い。欠けていたものがぴったりと嵌まり込み、満たされる喜びだけがあった。
「凄い。篠宮さんの中、柔らかくて熱くて……激しく動かなくても、今にも出ちゃいそうなくらい気持ち良いよ」
出ちゃいそう。その言葉に、内側の粘膜が期待をもってうねうねと動きだす。奥の壁がぎゅっと締まり、恋人を包んで逃さぬように咥えこんだ。身体中が甘く蕩け、彼と共に流れ落ちていくような錯覚にとらわれる。
「ん、んあ、あっ……もっ、欲し、中に……中に出してくれ」
恥も慎みも忘れ、篠宮は赤裸々な言葉で射精をねだった。死んでしまうのではと思うほどの快感に、呼吸さえままならなくなる。
苦しい。苦しいのに気持ちいい。身体の芯がぴく、ぴくと何度か震えた。後ろで達する時の前兆だ。
「せっかく優しくしようと思ったのに、自分から腰振っちゃって……そんなに気持ちいい?」
意地悪く囁きかけ、結城が篠宮の脚を抱え上げる。汗と潤滑剤で濡れそぼり、彼のものを美味そうに咥えるその部分がはっきりと見えた。
「あ、結城……気持ちいい」
甘えた声で快感を訴え、腰を押しつけて根元まで彼を迎え入れる。何という淫らな姿だろうか。だが、もはや羞恥は感じなかった。愛する彼の身体を受け入れ、ひとつになって共に快楽を得ることに、眼が眩むような喜びを覚えた。
「気持ちいっ、ああ、結城……あっ、ナカ……中でイく」
「いいよ、中でイッちゃいな。ああっ、も、我慢できない……出すよ」
抑えた呻き声と共に、体内のものが膨れ上がる。身体の奥に電気が走り、篠宮は一気に絶頂まで追い上げられた。
「あっ、結城、ああっ」
濃く粘ついた大量の精液が、びゅっ、びゅっと音が聞こえそうな激しさで最奥の壁に当たる。快感に顔をゆがめ、篠宮はそのすべてを余すことなく飲み干した。
肉の環がしっかりと根元を押さえつけ、同時に内側の粘膜が先端を吸って精を搾り尽くす。何度も身体を重ねるうちに自然に身についた、彼の欲望を一滴でも多く受け取るための淫猥な動きだった。
「あ……結城」
腕を伸ばし、甘い声で彼の名を呼ぶ。篠宮の求めるものを、結城はすぐに理解した。
「ん……篠宮さん」
下肢を繋げたまま身体を倒し、覆いかぶさるように胸を密着させる。くちびるが触れ、二人は無言のままお互いにキスを貪り合った。単なる肉の快楽にとどまらない、静かで深い喜びが篠宮の胸を満たしていった。
「結城……最高だ。気持ち良かった……」
興奮の冷めやらないまま、篠宮は譫言 のように感想を呟いた。情事の後でこんな台詞を吐くなど、普段の篠宮からは想像もつかない。それだけ身も心も深く満たされ、満足している証拠だった。
「あーもう何その可愛い顔! 離したくなくなっちゃうよ」
はしゃいだ声を出し、結城が篠宮の頰めがけてキスをする。その拍子に、今まで篠宮の中を満たしていたものがするりと抜けた。
「あー、ティッシュティッシュ」
急いで身体を起こし、結城が枕元の箱を手に取る。咄嗟に後孔を締め、篠宮はそこから粘ついた液体が漏れ出るのを防いだ。
「ごめん篠宮さん。拭いてあげるから、力抜いてよ。後でお腹痛くなると困るし、少し掻き出しておいたほうがいいでしょ?」
「い、いや……大丈夫だ、このくらい」
勿体ない。それが篠宮の正直な思いだったが、もちろんそんな事を結城に言えるわけもなかった。
「そう?」
微妙に腑に落ちない顔で呟きながら、結城が表面の汚れだけを簡単に拭う。それが済むと、彼は再び横たわって肌と肌を触れ合わせた。
「ああ……いよいよ月曜日には出発かあ。仕事だから仕方ないとはいえ、篠宮さんと離れるのはやっぱ辛いなー。あーもう。篠宮さんもこの出張メンバーに入ってくれたら良かったのに。篠宮さんさえ居てくれたら、どんな僻地に何十年単位で飛ばされようが、ぜんぜん苦じゃないのになあ」
「馬鹿……私が行ってしまったら、その間、誰が君の得意先の面倒を見るんだ。君が担当する取引相手はシトリナさんだけじゃないんだぞ」
「そっかあ……そうだよね。ごめんね篠宮さん。俺が出張行ってる間、他の得意先のこと、お願いします」
「ああ。こっちのことは何も心配せずに、めいっぱい働いてこい。もし失敗して今回の契約が破談にでもなったら、金輪際口をきいてやらないからな」
「えー、それは困るよ。篠宮さんに嫌われちゃったら、俺の存在する意味がない」
情けなく眉を寄せ、結城が困り果てた表情で笑う。篠宮は釣られて笑みを浮かべた。もちろん、ただの冗談だということはお互いによく解っている。自分が彼を嫌うことなど、あるはずが無い。
「……見送りに行けなくて済まない」
空港まで一緒に行けないことを思い出し、篠宮は静かに詫びの言葉を呟いた。
結城が出発するのは月曜日、つまり平日だ。篠宮には仕事がある。有給を取れない訳ではないが、結城が不在のぶん仕事の量が増えるため、初日である月曜日に休むことは避けたかった。
「謝ることないよ。俺のせいで余計な仕事が多くなっちゃうんだもん、仕方ないよね。ほんとは来てほしいってのが、正直なとこだけど……いくらなんでも図々しいでしょ。長期ならともかく、たった二週間の出張で、空港まで見送りに来てくれなんて」
「だが、やはり有給は先に申請しておくべきだったと思う。仕事くらい、上手く回すよう考えればどうにでもなることだ」
「うう……そう言われると心が揺れるなあ。ねえ篠宮さん、頼むからそんなに甘やかさないでよ。俺、篠宮さんに相応しい男になれるよう頑張ってるんだから」
そう宣言した結城の顔は、今までの中でいちばん頼もしく見えた。希望に満ちた両の瞳はきらきらと輝き、篠宮はその眩しさに思わず眼を細めた。
「浮気するなよ」
照れを隠そうとするあまり、思わずそんな言葉が口をついて出る。何を馬鹿なことをと言わんばかりに、結城はその話を鼻で笑い飛ばした。
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