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【鈴蘭の間】6
月が輝こうと、星が煌めこうと、そして朝陽が昇ろうと、鈴蘭の間には何一つ関係ない。
何せ、此処には窓一つない。
唯、一晩中、小粋の嬌声と、零次の荒い吐息だけが時を忘れて響き渡るだけ。
「っイ゙、く、──っ」
「も、もォ、っ無理、むり───無、りィああ、ッ」
「───……ッひィ゙、!?ッ、あ゙ああア゙、ンんん──ッ」
意識をトばしても、何度も呼び戻されては快楽に打ちのめされる。
浮いては沈み、沈んでは無理くり引き上げられる。
そしてまた嬲られ、打ちのめされて、底まで叩き伏せられる。
「っ、ッ、ぅぅあ、あ゙あァッあ、ンッん、んん、イ……っ、っ」
最早何度目と数えるのも億劫な程に絶頂を迎えた小粋が布団の上でぜこぜこと苦し気に呼吸を繰り返す。
体位を変えながら、あの手この手で責め立てられ、今は足を畳んでうつ伏せに突っ伏していた。
長襦袢は剥ぎ取られ、緩んだ縄はその役割を失い小粋の体に引っ掛かっているだけに過ぎない。
指先一つ動かすのも億劫で、立ち上がるなんて以ての外だ。
その状況下に於いても、小粋の右手は後ろ首を覆っていた。
一方で零次もまた、半端に脱いでいたスーツを全て脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿で今先程まで小粋を組み敷いていたが、遂に体力の限界を迎えて小粋の頭の横に腕を立てて律動を止めた。
小粋の右手を暫く眺め、取り払う。
添えられる程度でしかなかった手はあっさりと布団に落ち、脱力した儘動かない。
綺麗に刈り上げられた後ろ髪の下の項は一層白く、改めてまじまじと眺めはするが、唐突に歯を突き立てるような真似はしなかった。
「っ、は、ァっ、──、っく、」
「な、んだ意識はあったのか、──、ンっ、」
「ン゙、うっ、」
微かに動いた小粋を眺めて声を掛ける零次の声は、水分を失いがさがさに嗄れてしまっている。
ずるりと未だに小粋の中で形を保つ一物を引き摺り出すと、呻きを上げる小粋に諸目を細める。
それからごろり、と小粋の右隣へと寝転んだ。
「まあまあ、って、ところだったな」
「──っ、っ」
まあまあ。
多分それは一晩を終えての感想だ。
散々人を組み敷いておいて、好き勝手弄んだ挙句、無防備な首に目もくれずに寝転がって、まあまあ、だ──?
浅い所を漂っていた小粋の意識が一気に引き上げられる。
だからと言って、俊敏に起き上がって一発殴る程の体力はもうどこにも残っていない。
手をついて力を入れてみたところで、思うように力めず、体を起こすのも難しい。
なんせ、全身重い。
オイル切れの機械宜しくぎこちなく、ゆっくりと首を回して零次を見遣ると、仰向けで目を伏せる姿が目に入る。
うすぼんやりとした視界の中でも、悔しい程に整っている事を認識できる顔立ちが、恨めしい。
石のように重い右手を引き摺り上げて、肩口を掴む。
「、───…か、」
「んー、───?」
「め、────……、っ噛、め、」
「、」
「噛、め。噛、で……、つが、に、っろ、」
「馬鹿か、」
「噛め、よ、」
零次よりよっぽど酷く嗄れた声は思うように言葉を紡げず、幾つも音を外しこぼす。
薄く開いた瞼の下で、視線だけが小粋に流れる。
眠そうにゆっくりと瞬きを繰り返す零次が眉間に皺を寄せる。
それでも確信的な動きを見せない零次に、小粋は鼻皺を寄せた。
「メリットは?」
「───、」
「愛もクソもある訳じゃないだろ」
「、」
「そりゃ、それ目的で来てんだから番うに越した事はない。でも、どうしても番いたいと思う程の上物でもなかった。それだけの話だ」
返す言葉が見つからない小粋を余所に、零次は次々と言葉を紡ぎ、仕舞いには手を振り落して寝返りを打った。
ばたりと布団の上に落ちた右手を見詰める小粋の目にじわじわと涙が溜まる。
理由は小粋にも分からなかった。
敢えて言うなら、悔しい、それが一番妥当な理由だった。
「でく、ぼぅ、が」
「もう寝ろ」
「でく、ぼぅ、」
「寝ろって」
「く、そで、のぼう」
「うるせえっての」
「れ、ぃじ」
はあ、と大きく息を吐き出した零次が再び寝返りを打つと、小粋の目から大粒の涙が流れ落ちる。
数滴落ちたであろう涙で布団が濡れていた。
「っんで泣いてんだよ」
「っ、噛め、っよ」
「噛まねえよ、ばァか」
「…め、っよ」
今まで六花を買った連中は百発百中で持ち帰ったと言う。
落とし番った、とも聞いた。
果たして何人か、どうやって、何の為に、なんて事細かな事は知らない。
知る由もない。
今一度、倦怠感と疲労感を奥歯で噛み潰し、零次は体を起こす。
寝転がり、無抵抗な小粋の項はむき出しの儘だ。
其処へ唇を落とし、噛みつくように歯を宛がう。
「ッ──、」
すると、身じろぐ小粋の全身に力が籠るが、零次は噛み付く事なく表皮に歯を滑らせて噛む所作を模倣するに留めた。
奥歯が噛み合わさる前に、舌でねっとりと一撫でした後、前歯を押し当てぢゅ、っと音を立てて吸い上げる。
「っ、ひぅ、」
快楽か恐怖か、それとも不安か緊張か。
息を止める小粋を余所に、零次は同じ箇所を何度も吸い上げる。
気が済むと少し場所を変えてまた、赤い痣を残すに努めた。
「───ッんで、ま、ない、だ、よ」
「似たようなもんだろ」
小粋の項は番となる時の其よりもよっぽど酷い状態となった。
場所によっては紫に変色した部分も見られる。
気の済むまで散々吸い上げた後で零次は口を離す。
───、やっぱり抵抗しない。求める事もしない。今も、そして先刻も。あくまで小粋はされるが儘だ。
どうしても番いたいと思う程、小粋の事を知った訳じゃない。
一晩で恋に落ちる程ピュアでもなく、一晩の相手の一生を面倒見て遣る程の優しさは持ち合わせていなかった──否、覚悟が決まらなかった。
生娘なんて、持て余る。
零次は改めて横になり、背後から包むように小粋を抱き込んで濡れた項に額を押し付ける。
「少し寝ろ、帰りの船で酔うぞ」
「っ、──」
願わくは、もう少し、時間が欲しい。
そう思う零次を余所に、小粋の目から大粒の涙が溢れる。
今度は理由が明白だった。
やっとここから逃げ出せる、──────。
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