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【転調閑話】(鈴蘭+女装)

ピン、ポン。 ────コツ、コツ。 7階から1階へ到着し、音も無く開いた扉を潜り、女はヒールの高いミュールサンダルでラウンジの床を踏む。 先日はワンショルダーの深紅のシフォンドレスを身に纏っていたが、一夜明けて女を包むのはノースリーブの白のマーメイドドレス。 首には一粒パールのネックレス、足元を飾るのは透明な厚底の中に薔薇が閉じ込められた所謂キャバサンダル。 綺麗に編み上げてフルアップに纏められた髪は、真っ黒だが、それがまた白のドレスと対照的で美しい。 両サイドに一束ずつ下ろされたおくれ毛は、あくまでナチュラルに女の色気を際立たせる。 控えめにはたかれたチーク、密度の高い睫毛は一本一本が綺麗にカーブを描いて天を向き、赤く紅が塗られた唇は濡れてツヤめく。 ぱっちりとした二重は整形の跡もなく自前、細く筋を作る鼻筋もまた自前だ。 右顎を汚す一点の黒子さえ、彼女に掛かればとびきりのメイクの一つ、そして色気を際立たせるチャームポイントに打って変わる。 肘を直角に折り曲げて、前方で交差する指先は無駄な力が入る事無く上品で、右手にはビジューが散りばめられたコンパクトなクラッチバックが握られている。 身長175cm。ヒールを含むと180を優に超える高身長に、細く長い手足。 まさにトップモデルの出で立ちだ。 女は昇降機を降りて直ぐのチェスターフィールドソファに一つの人影を見つけると、口端を上げて歩み寄る。 黒のスーツを着込む零次の後ろ姿を見詰めて眉尻を下げて悲し気な表情を浮かべたが、前に回り込むと零次の膝を枕に横になる新たな人影を見つけて、前歯を見せて嬉々とした笑みを浮かべた。 さらに、零次の首元には白のネクタイ、胸元には白のハンカチーフ。反して膝の上の少年はこれでもかという程に黒に身を包んでいる。 「───さすがは、我らが零次様ねエ。圧倒的勝利、ッて感じじゃなあい?」 女の口から洩れた声は、どこまでも女性らしい外見とは打って変わって響きの広がりが甘美なテノール。 少年の目を覆いながら目を伏せる零次の姿に、指を揃えた左手で口元を隠し、ふふ、と声を立てて笑う。 彼女の名は───紅子(べにこ)。 本名、光輝(こうき)。 (本名で呼ぶと半殺しにされるので、誰もその名を呼ぶ事はない。) 列記とした男であり、鷹の一人だ。 紅子は眠る二人を尻目に、背の高いカウンターに添えられたカウンターチェアに腰掛ける。 無駄な肉のない細い足を組むと、ふくらはぎが横に膨らみ弾力を露にする。 実に艶めかしい。 紅子はカウンターに肘をつき、その上に顎を乗せて、うたた寝をする二人を眺める。 「あァ゙っン、ワイン一本イケちゃいそォ──、」 「──……紅子、」 態とらしい喘ぎの後で、悶える様に恍惚の表情を浮かべながら発せられた紅子の声に、零次が薄目を開けた。 「あらァ、起こしちゃッたァ?ごめンなさいねえ」 「……ツレはどうした」 「後から来るわよ。ちょおっとケガが酷くって。病院に行かせるわ」 「ならいい」 緩く巻きの掛かったサイドの細い一束を人差し指で絡め取りながら紅子は答える。 返答を聞いた零次は安心したように再び目を伏せた。 ───次話、【鳥兜の間】。

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