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第10話 見えない鎖 <窮地> 1
痛む身体を引きずり、家へと帰った。
あの日から、4日目。
翌日の金曜日は、体調が悪いと会社を休んだ。
土日は、休み。
……今日は、会社に出勤した。
脅されるかと思ったが、俺のスマートフォンが鳴ることも無く、家に誰かが来ることも無かった。
そもそも番号も、住所も知られていない。
朝の電車も…、何事も無かった。
就業時間内は…平穏そのもの、だった。
いつも通りに残業をしていた。
でも、いつもと違うのは、去年の新入社員、山田 抹樹 、が残っていること。
「白根 さん」
パソコンに向かう俺に、頭上から抹樹の声が降ってきた。
山田が数名いる社内。
自然と名前で呼ぶようになっていた。
「ん?」
パソコン画面から瞳を剥がし、抹樹を見上げた。
すっと俺の耳許に顔を寄せた抹樹が囁くように言葉を紡いだ。
「身体…、大丈夫ですか?」
妙な色気を伴う声に、俺は、ばっと身体を離し、顰めた顔を向けた。
俺の行動に、抹樹は、きょとんとした瞳を見せる。
ふっと意識しすぎていることに気づき、頭を振るった。
金曜日に体調不良で休んだことを心配してくれているのだと、解釈し直した。
「ん、あぁ。平気だ」
「そうですか…。良かった」
くすっと笑った抹樹に、嫌な空気を感じ取る。
すっとスマートフォンを手にした抹樹は、親指で、画面をスクロールする。
“終わってないよ………”
最後に放たれたパーカー男の声が、脳に蘇った。
「こんなことされても平気って、白根さん、凄いですね」
俺の眼前に翳されたのは、木曜日の帰り、高校生に犯された時の写真…だった。
「なっ………」
写真に固まる俺に、抹樹は、くすくすと笑う。
俺の椅子を軽く引くと、パソコンのキーボードを無造作に脇に寄せた。
出来た隙間、机の上に腰を落とした抹樹は、何でもないコトのように、自分のスラックスの前を寛げる。
「しゃぶって?」
下着からペニスを取り出した抹樹は、首を傾げ、爽やかな笑みを浮かべながら、似つかわしくない言葉を吐いた。
何を言っているのか、抹樹の言葉を理解したくなかった。
俺は、眉間に皺を寄せ、抹樹を見詰める。
「逆らうの? ま、いいですけど…。これ、全社メールで飛ばすだけです。白根さんの発信でね」
“私はこんな変態です”って一言を添えてね…と、抹樹は、親指と人差し指で摘まんだスマートフォンをゆらゆらと揺すって見せる。
まるで、俺を揺するように。
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