13 / 90

第13話 現実の鎖 <準備> 1~ Side S

「ん、はっ……ぁっん…」  吐き出す息が、熱を纏い、色気を放つ。  まるで俺の声ではないかのような、高く掠れた音が出る。  慌て噛み込む唇に、抹樹の細長く綺麗な指が、するっと走る。 「声……、我慢、しないでくださいよ」  俺のアナルに埋まる抹樹のペニスは、小さく嬲るよう、中を掻き混ぜる。  残業時間に入り、人の気配の薄れた社内。  相も変わらず残っているのは、俺と…、抹樹。  あれから、抹樹は、1週間に2、3度のペースで残業を買って出た。  そんな日は、決まって……。 「白根さん」  座る俺の上から降りおりる抹樹の声に、背を嫌な汗が流れ落ちた。  ぴくりと揺らす肩に、抹樹は、くすくすとした笑い声を立てた。  ……何を期待しているの? とでも言いたげに、背後に居る抹樹の指が、俺の首許から頬へと這う。  ぞくぞくとした表現しがたい感覚に、抹樹の指から逃れるように、身体を逸らせた。 「逃がしませんよ……」  くすりとした笑みを含む声と供に、俺の眼前にぶら下げられる、青いプラスチックカバーに包まれた抹樹のスマートフォン。  その画面は真っ暗で、何も映してはいない。  でも、その動作が俺への脅しだと言うコトは、わかっている。  俺は、諦めるように、ふっと小さく息を吐く。  抹樹の手が、俺の二の腕を掴み、無造作に、その場に立たされた。  身長も体格もさほど変わらない。  違うのは、年齢くらいなものだ。  抹樹は今年、23になる。  18歳も下の男に、いいようにされるなど、屈辱以外のなにものでもない。  ゆるっと引かれる腕に、反抗する意思を示さずに、されるままに従う。  上から下まで硝子張りの窓の前に、立たされた。 「下だけ全部、脱いで下さい」  抹樹の手が、俺の外腿から腰を、スラックスの上から撫で上げた。  蠢く自身の手を見つめる抹樹の瞳は、狂気に満ちた恍惚の色を浮かべる。  興奮が支配する瞳の色に、胸を襲うのは、嫌悪の感覚だけだった。  震える手で、ベルトのバックルを外し、羞恥の感情を捨てるように息を吐く。  スラックスから抜くために、社内履きのサンダルの上に足を置く。  下着ごと脱いだスラックスに、はあっと重たい息が口を衝いた。  抹樹に見られている前を隠すか。  透明の硝子に向く尻を隠すか。  困り果てた俺は、隠すことを諦める。  するりと落ちた抹樹の瞳が、俺の足首から下を覆う、靴下で止まる。  くすっと小馬鹿にするような音を立て、言葉を紡いだ。 「靴下…履いててもいいけど、白根さん、恥ずかしくないですか?」  スーツのジャケットに白いYシャツ。  きっちりと締められたネクタイと、露出させられた下肢。  足先だけに纏わる靴下は、間の抜けた俺の姿を強調する。  ……今さらだ。  靴下を脱ぎたくとも、片脚で立つと、身体が揺らぐ。  尻を硝子に預ければ、それは容易なコト。  でも、露出させられたその部分を透明な硝子に預けるのには、抵抗を感じる。  困惑を露呈するように、微かに揺れる俺の瞳。 「んぐっ………」  突如として、口の中に、丸く固いものを詰められる。  吐き出そうとする俺の口を、抹樹の手が塞ぐ。 「ちゃんと食べてください」  にっこりと浮かべる笑みは、いつものように爽やかさを醸し出す。  これはきっと、俺の感度を上げさせる、あの薬。  紡がれる言葉に、俺を抑止する動きに、反抗する術がない。 「…いつも、僕ばかりじゃ申し訳ないですよね。今日は、白根さんが出すまで、頑張りますね」  ふふっと優しく笑う抹樹に、悪寒が背を撫ぜた。  男の、…おっさんの俺に盛れる抹樹の感覚が、わからない…。  こんなおっさんを嬲って何が楽しいのかも、わからない。 「守衛さんにも、今日は泊まりになるかもしれないと伝えておきましたし…。時間はたっぷりありますから」  口の中を転がる物体は、清涼飲料水のような味。  溶ける物体に、じわじわと迫上がる感覚に、始まりの合図を感じ取る。

ともだちにシェアしよう!