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第13話 現実の鎖 <準備> 1~ Side S
「ん、はっ……ぁっん…」
吐き出す息が、熱を纏い、色気を放つ。
まるで俺の声ではないかのような、高く掠れた音が出る。
慌て噛み込む唇に、抹樹の細長く綺麗な指が、するっと走る。
「声……、我慢、しないでくださいよ」
俺のアナルに埋まる抹樹のペニスは、小さく嬲るよう、中を掻き混ぜる。
残業時間に入り、人の気配の薄れた社内。
相も変わらず残っているのは、俺と…、抹樹。
あれから、抹樹は、1週間に2、3度のペースで残業を買って出た。
そんな日は、決まって……。
「白根さん」
座る俺の上から降りおりる抹樹の声に、背を嫌な汗が流れ落ちた。
ぴくりと揺らす肩に、抹樹は、くすくすとした笑い声を立てた。
……何を期待しているの? とでも言いたげに、背後に居る抹樹の指が、俺の首許から頬へと這う。
ぞくぞくとした表現しがたい感覚に、抹樹の指から逃れるように、身体を逸らせた。
「逃がしませんよ……」
くすりとした笑みを含む声と供に、俺の眼前にぶら下げられる、青いプラスチックカバーに包まれた抹樹のスマートフォン。
その画面は真っ暗で、何も映してはいない。
でも、その動作が俺への脅しだと言うコトは、わかっている。
俺は、諦めるように、ふっと小さく息を吐く。
抹樹の手が、俺の二の腕を掴み、無造作に、その場に立たされた。
身長も体格もさほど変わらない。
違うのは、年齢くらいなものだ。
抹樹は今年、23になる。
18歳も下の男に、いいようにされるなど、屈辱以外のなにものでもない。
ゆるっと引かれる腕に、反抗する意思を示さずに、されるままに従う。
上から下まで硝子張りの窓の前に、立たされた。
「下だけ全部、脱いで下さい」
抹樹の手が、俺の外腿から腰を、スラックスの上から撫で上げた。
蠢く自身の手を見つめる抹樹の瞳は、狂気に満ちた恍惚の色を浮かべる。
興奮が支配する瞳の色に、胸を襲うのは、嫌悪の感覚だけだった。
震える手で、ベルトのバックルを外し、羞恥の感情を捨てるように息を吐く。
スラックスから抜くために、社内履きのサンダルの上に足を置く。
下着ごと脱いだスラックスに、はあっと重たい息が口を衝いた。
抹樹に見られている前を隠すか。
透明の硝子に向く尻を隠すか。
困り果てた俺は、隠すことを諦める。
するりと落ちた抹樹の瞳が、俺の足首から下を覆う、靴下で止まる。
くすっと小馬鹿にするような音を立て、言葉を紡いだ。
「靴下…履いててもいいけど、白根さん、恥ずかしくないですか?」
スーツのジャケットに白いYシャツ。
きっちりと締められたネクタイと、露出させられた下肢。
足先だけに纏わる靴下は、間の抜けた俺の姿を強調する。
……今さらだ。
靴下を脱ぎたくとも、片脚で立つと、身体が揺らぐ。
尻を硝子に預ければ、それは容易なコト。
でも、露出させられたその部分を透明な硝子に預けるのには、抵抗を感じる。
困惑を露呈するように、微かに揺れる俺の瞳。
「んぐっ………」
突如として、口の中に、丸く固いものを詰められる。
吐き出そうとする俺の口を、抹樹の手が塞ぐ。
「ちゃんと食べてください」
にっこりと浮かべる笑みは、いつものように爽やかさを醸し出す。
これはきっと、俺の感度を上げさせる、あの薬。
紡がれる言葉に、俺を抑止する動きに、反抗する術がない。
「…いつも、僕ばかりじゃ申し訳ないですよね。今日は、白根さんが出すまで、頑張りますね」
ふふっと優しく笑う抹樹に、悪寒が背を撫ぜた。
男の、…おっさんの俺に盛れる抹樹の感覚が、わからない…。
こんなおっさんを嬲って何が楽しいのかも、わからない。
「守衛さんにも、今日は泊まりになるかもしれないと伝えておきましたし…。時間はたっぷりありますから」
口の中を転がる物体は、清涼飲料水のような味。
溶ける物体に、じわじわと迫上がる感覚に、始まりの合図を感じ取る。
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