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第20話 現実の鎖 <映画館> 1~ Side S
何を、されるのか。
期待している訳じゃない。
出来れば、何もされないのが望ましい。
でも、抹樹がただ、黙って俺に映画を見せてくれるとは到底、思えなかった。
「映画、始まる前にトイレに行っておきましょうか?」
抹樹は、いつものように爽やかに笑う。
トイレへと誘われ、入口で立ち竦む俺に、抹樹の声が掛かる。
「白根さん、しないんですか?」
抹樹は、小便を済ませると、手を洗いながら、俺を振り返った。
「ん…。あぁ……」
歯切れ悪い俺の返答。
「出しといた方がいいと思うんですけど…」
ぼそっと声を漏らした抹樹は、含みのある笑みを浮かべ、俺を見やった。
「…てか、して下さい」
親指で、個室を指し示された。
俺は、抹樹の意に沿うよう、個室へと足を踏み入れた。
外開きの扉を閉めようと、伸ばした手は、抹樹に阻まれた。
不審げに見つめる俺の瞳に映るのは、扉の前に立ちはだかる抹樹の姿。
抹樹が退かないと、扉は閉められない。
「お前が退かないと、閉められない」
訝しげに眉根を寄せる俺に、抹樹は、いつものように笑みを湛える。
ふふっと笑みを零した抹樹は、俺に向かい、″あーん″と口を開いて見せた。
ここで抵抗したところで、この先に起こることに、何の変化もない。
俺は、大人しく口を開けた。
コロンっと俺の口の中に、固形物が放り込まれる。
似つかわしくない、爽やかな味が、口の中に広がった…。
抹樹は、胸許から引き出したスマートフォンを俺に向けた。
スマートフォンから鳴り響いたのは、録画開始の音。
「撮らせてもらいますね」
さも当たり前のように、言葉を放った抹樹は、ふふっと笑った。
「座ってしてください。下着もズボンも足首まで下げてくださいね」
レンズ越しに俺を見つめる抹樹は、にこにことした笑みを絶やさない。
「早くしないと人、来ちゃいますよ? 見られたいんですか?」
きょとんとした表情で首を傾げた抹樹は、何かに気が付いたかのように、納得したように、言葉を放つ。
「露出狂、ですもんね…」
嫌味に、くすくすと笑う。
その言葉を否定するように、さっさと済ませてしまおうと、俺は、下着ごとズボンを足首まで下げた。
そのまま便座に座ると、抹樹の顔が、むすっと歪む。
「膝、開いてくださいよ。写らないじゃないですか…」
面倒そうに吐かれる抹樹の声に、俺は、ゆるゆると膝を開く。
スマートフォンのカメラは、俺を捉え続ける。
捉え続けられ、撮られ続けられることに、俺の心臓は、バクバクと音を立てた。
口に広がる甘さにも、心臓の音は、大きくなる。
恥ずかしさに、顔が赤く染まる。
この恥ずかしい現実から逃れるように、歪む顔を、レンズから逸らせた。
「白根さん」
呼ばれる名に、思わず、ちらりと視線を向けた。
「勃起させたら、オシッコ、出づらくなりますよ?」
くすりと笑う抹樹の声に、一気に顔が赤くなる。
俺のペニスは、こんな状況にも関わらず、簡単に頭を擡げる。
必死に意識を逸らせ、排尿することに専念する。
この苦痛も、出してしまえば終わるのだ。
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