20 / 90

第20話 現実の鎖 <映画館> 1~ Side S

 何を、されるのか。  期待している訳じゃない。  出来れば、何もされないのが望ましい。  でも、抹樹がただ、黙って俺に映画を見せてくれるとは到底、思えなかった。 「映画、始まる前にトイレに行っておきましょうか?」  抹樹は、いつものように爽やかに笑う。  トイレへと誘われ、入口で立ち竦む俺に、抹樹の声が掛かる。 「白根さん、しないんですか?」  抹樹は、小便を済ませると、手を洗いながら、俺を振り返った。 「ん…。あぁ……」  歯切れ悪い俺の返答。 「出しといた方がいいと思うんですけど…」  ぼそっと声を漏らした抹樹は、含みのある笑みを浮かべ、俺を見やった。 「…てか、して下さい」  親指で、個室を指し示された。  俺は、抹樹の意に沿うよう、個室へと足を踏み入れた。  外開きの扉を閉めようと、伸ばした手は、抹樹に阻まれた。  不審げに見つめる俺の瞳に映るのは、扉の前に立ちはだかる抹樹の姿。  抹樹が退かないと、扉は閉められない。 「お前が退かないと、閉められない」  訝しげに眉根を寄せる俺に、抹樹は、いつものように笑みを湛える。  ふふっと笑みを零した抹樹は、俺に向かい、″あーん″と口を開いて見せた。  ここで抵抗したところで、この先に起こることに、何の変化もない。  俺は、大人しく口を開けた。  コロンっと俺の口の中に、固形物が放り込まれる。  似つかわしくない、爽やかな味が、口の中に広がった…。  抹樹は、胸許から引き出したスマートフォンを俺に向けた。  スマートフォンから鳴り響いたのは、録画開始の音。 「撮らせてもらいますね」  さも当たり前のように、言葉を放った抹樹は、ふふっと笑った。 「座ってしてください。下着もズボンも足首まで下げてくださいね」  レンズ越しに俺を見つめる抹樹は、にこにことした笑みを絶やさない。 「早くしないと人、来ちゃいますよ? 見られたいんですか?」  きょとんとした表情で首を傾げた抹樹は、何かに気が付いたかのように、納得したように、言葉を放つ。 「露出狂、ですもんね…」  嫌味に、くすくすと笑う。  その言葉を否定するように、さっさと済ませてしまおうと、俺は、下着ごとズボンを足首まで下げた。  そのまま便座に座ると、抹樹の顔が、むすっと歪む。 「膝、開いてくださいよ。写らないじゃないですか…」  面倒そうに吐かれる抹樹の声に、俺は、ゆるゆると膝を開く。  スマートフォンのカメラは、俺を捉え続ける。  捉え続けられ、撮られ続けられることに、俺の心臓は、バクバクと音を立てた。  口に広がる甘さにも、心臓の音は、大きくなる。  恥ずかしさに、顔が赤く染まる。  この恥ずかしい現実から逃れるように、歪む顔を、レンズから逸らせた。 「白根さん」  呼ばれる名に、思わず、ちらりと視線を向けた。 「勃起させたら、オシッコ、出づらくなりますよ?」  くすりと笑う抹樹の声に、一気に顔が赤くなる。  俺のペニスは、こんな状況にも関わらず、簡単に頭を擡げる。  必死に意識を逸らせ、排尿することに専念する。  この苦痛も、出してしまえば終わるのだ。

ともだちにシェアしよう!