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第37話 外せない鎖 <潮時> 1~ Side S

「専務の娘、すっかりお前に骨抜きみたいだな?」  同じ部署の倉田(くらた)が俺を揶揄うように言葉を放つ。  39歳で2児の父。同期入社のこいつは、無遠慮に俺のパーソナルスペースに土足で踏み込む。 「なんの話だよ…」  面倒そうに放つ俺の声にも、こいつはへこたれたりしない。 「この前の球技大会で、なんかいい雰囲気だったじゃねぇか? おっさんにもやっと春が来たか?」  このこのっと肘で腕を突かれる。 「ぁあ…」  専務の娘さんは、今年で35だ。  誕生日が来る前に結婚したいのに、彼氏がなかなかプロポーズをしてくれないと相談を受けていただけ。  この歳になって、結婚もしていない俺には、なんのアドバイスも出来なかった。  たぶん、彼女はただ、誰かに話したかっただけなのだろう。  愚痴の捌け口になっただけだ。  でも、そんな恋愛相談を、こいつに話す必要もない。  あえて、説明するのも面倒だった。 「そんなんじゃないよ」  軽くあしらう俺の言葉に、ニタニタとした笑みを止めない倉田。  こいつに目をつけられると、本当に面倒臭い…。  はぁっと小さく吐く溜め息に、抹樹がするりと寄ってきた。  机の上の資料を持ち上げたり、椅子を引き、床を覗いてみたり…。 「なにしてんだ?」  抹樹の動きに、倉田が不思議そうに声を放った。 「スマホなくしちゃって…」  ……えっ?  ばっと向ける瞳に、抹樹は、俺を見ようともせず、スマートフォンを探す。  抹樹のスマートフォンには、俺の痴態が山ほど保存されている…。  俺の心臓は、バクバクと音を立てる。 「大変だな? 鳴らしてやろうか?」  倉田の言葉に、抹樹の視線は、するりと上がった。 「あ。お願いできますか?」  いつものように、ニッコリとした笑みを浮かべる抹樹。  ♪♪~♪~  着信音が、鳴り響く。  俺は、焦り、音の出所を探る。  倉田の手が、側にある資料を持ち上げた。 「この辺じゃ…」  声に、ばっと勢いよく伸ばす俺の手に、倉田は慌て飛び退いた。 「なんだよ。なに、そんな血相変えてんだよ?」  きょとんとした声を放つ倉田に、俺の手に握られたのは革のカバーに覆われた音を放つスマートフォン。 「ありがとうございます、白根さん」  ふふっといつものように笑った抹樹は、俺から、スマートフォンを剥がすように受け取る。  すっと俺の耳許に唇を近づけ声を放った。 「これには入ってないですよ…」  くすっと嘲笑うような音を立てた抹樹は、言葉を繋いだ。 「ドキドキしました? 白根さんの大事な写真入ってるスマホ、無くすわけないじゃないですか」  ふっと嘲りの声を立て、抹樹は、倉田へと瞳を向けた。 「倉田さん、ありがとうございました。助かりました」  にっこりとした笑みを浮かべる抹樹に、倉田は気圧されるように小さく、おぉっと声を放った。

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