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第38話 外せない鎖 <解放> 1
何なのだろう。
いったい何が、起こったのだろう。
理解できない。
現状を飲み込めない……。
目の前には、キャミソール姿の女と、下着しか身に付けていない抹樹。
ソファーの上で絡まる肢体は、俺をこの場から排除しようとしているようで。
でも、俺の意思じゃない。
今、この場に立っているのは、抹樹の指示によるもので。
″ホテル チェイン 1086号室に21時に来て下さい″
そうメールに書いてあったから。
21時に部屋の前に到着した。
部屋の扉は、オートロックが機能しないよう、Uロックがドアと壁の隙間に挟まれていた。
部屋番号が間違っていないことを確認し、ドアノブに手を掛けた。
「本当に、いいの?」
女の声が耳に届いた。
「いいんだよ。これでいいの」
少し悲しげな雰囲気を纏う音で紡がれた言葉と、くすくすと笑う声は、抹樹のそれに間違いない。
「白根さんっ、着いてるんですよね? 入って下さい」
少し大きな声で放たれた言葉に、俺は、ゆるりと扉を開き、ホテルの部屋へと足を踏み入れた。
そこにあったのが、この光景だ。
俺の手から、握っていたスマートフォンが転がり落ちていた。
柔らかな絨毯は、俺の落としたスマートフォンを音もなく、優しく受け止めていた。
身体を起こした抹樹は、彼女の額にキスを落とし、俺を見やる。
のそのそとした足取りで、俺の近くに歩み寄った抹樹は、いつもの笑みを浮かべる。
「もう、興味なくなりました」
言葉の意図が掴めずに、俺は、きょとんと抹樹を眺めていた。
スイートルームとおぼしきこの部屋の端では、色とりどりの熱帯魚が優雅に水の中を泳いでいた。
抹樹は、スタスタと水槽に近づくと、側に置かれていた、いつも俺を脅していた青いプラスチックカバーのついたスマートフォンを、手に取った。
画面を点灯し、俺にそれを見せつける。
そこには瞳を逸らしたくなるような、俺の痴態画像が並んでいた。
抹樹は、スマートフォンの電源を切ると、水槽の上に翳した。
ぱっと離された指に、スマートフォンが水槽の中へと落ちる。
ぶくぶくと泡を立て、ゆらゆらと水槽の底まで沈んでいった。
「僕、彼女とやっていくんで。もう、白根さんのこと脅したりしません。白根さんはもう、自由です」
にっこりと笑う抹樹の姿に、暫し、呆然と立ち尽くしていた。
「彼女とのセックス続けたいんで、帰ってもらっていいですか?」
呆れたように言葉を放つ抹樹に、意識を引き戻される。
抹樹の手は、下着を押し上げるように勃起する自身のペニスを撫で上げた。
「ん、あぁ。悪い……」
悪い? …悪いのは俺なのか?
謝らなきゃいけないのは、俺、…なのか?
いつも俺を嬲っていた抹樹のペニス。
窮屈そうに下着を押し上げるそれに、抹樹も男で、普通に女に欲情するのだ、と思い知る。
この数ヶ月は、なんだったのだろう…。
ぽっかりと穴が開いたような胸の内に、俺は、ふらふらと部屋から足を踏み出した。
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