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第40話 外せない鎖 <解放> 3~ Side S
呆然とする心のままに、エレベータの前まで歩き、ふと気づいた。
手に握っていたはずのスマートフォンが、ない。
………あ。
抹樹の居た部屋で、俺の手から滑り落ちたスマートフォンを思い出す。
そのままに、しておくわけにもいかない。
取りに戻るしか、ない。
重い足を、部屋へと向ける。
戻ったら響いてくると思っていた声は聞こえない。
扉は、U字フックが挟まったままなのに。
「そういうわけにもいかないよ。白根さんは専務の娘さんと結ばれるんだよ? こんな変なやつと変な関係持ってるってバレてさ、破談になったら大変だよ」
乾いた笑いの後、抹樹の沈んだ声色が響いた。
「…白根さんのコト…これ以上、穢せないでしょ」
ははっと響く乾いた抹樹の笑い声。
穢すって…なんだよ。
今更…だろ?
「俺、人のものに手ぇ出すほど飢えてないよ」
俺は、ドアノブに手をかけたままに、動きを止めていた。
「人のものって…もう、あんたのもんだったんじゃないの?」
不思議そうに言葉を紡ぐ彼女に、抹樹の大きな笑い声が響いた。
「ふははっ。脅して従わせてただけだし。白根さんは、俺になんてこれっぽっちも気持ちないよ」
抹樹の笑う声が段々と勢いを失っていった。
途絶える話し声に俺は、ゆっくりと扉を開ける。
「痛ぇ……」
俺の瞳に映ったのは、ソファーに座り、両手で顔を覆い項垂れる抹樹の姿だった。
ぼそりと吐かれた抹樹の声に、彼女は俺の姿に気づき、頭を緩く叩いた。
「わかってたけど。知ってたけどさ。好きなの…俺だけだって……。高嶺の花だってさ…」
抹樹は顔を上げずに、ぼそぼそと心を吐露し続ける。
抹樹の隣に座っていた彼女は、ふふっと小さく笑みを浮かべると、床に放られていたワンピースらしい服を、さらっと着る。
「いいタイミングなんだ。いつかは忘れなきゃいけないって、放さなきゃいけないって…思ってたから」
苦しそうに吐かれる言葉は、いつものあの笑みの裏側に隠されていた抹樹の本心なのだろう。
俺は、立ち尽くしたままに、抹樹の心を聴いていた。
ワンピースを着た彼女は、床に置かれていた小さなハンドバックを手に、俺の側に歩み寄った。
唇の前に人差し指を立て、俺の横を通り過ぎる際に、しーっと音を放ち、こっそりと部屋から出ていった。
「苦しかったんだ。どんなに昂ったって、どんなに身体が反応したって、どんなに思ったってさ…、白根さんは染まんないんだよ。俺になんて、染まんない…………俺の、手、…なんて…届、かな、ぃ…」
抹樹の指の隙間から、キラリと光る雫が、滴り落ちた。
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