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第51話 ちぎりたい鎖 <暴露> 1~ Side S
ホテルでの一件から、2ヶ月ほどが経過していた。
代わり映えのない毎日だが、抹樹とは、それなりに順調だと思っていた。
「今日は、目隠ししてみましょうか」
目の前で、にこにこと笑む抹樹。
壁を背にした俺は、ベッドの上で、抹樹に詰め寄られている。
そのベッドの上には、見たこともない大人の玩具が乱雑に広がっていた。
ここは、抹樹の家。
部下の家に上がるというのは、どうにも落ち着かない。
こんないいおっさんが、遊びに来るというのも、なにか違う。
抹樹の家は、弟と2人暮らしの2階建ての一軒家。
抹樹の部屋は2階の奥。
弟は、家に居ないことが多い。
今日も居ないから、と家に連れ込まれた……。
「お前が、するのか?」
詰め寄る抹樹に、強がりな言葉を放ってみても、身体は、ずるずると後退し背に壁が触れる。
「僕じゃなくて、白根さんがするんですよ」
黒く細長い布をしゅるしゅると手で伸ばし、抹樹は、心底楽しそうに笑んだ。
「そうか。目隠しなんてしたら、お前は何も出来ないもんな?」
ふっと鼻を鳴らし、嫌味ったらしく言葉を紡ぐ俺にも、抹樹は、余裕の雰囲気を崩さない。
「馬鹿にしないで下さいよ…どんだけ抱いたと思ってるんですか? 白根さんの好きなとこなんて、目ぇ瞑っててもわかりますよ」
くすくすと笑いながら、抹樹は、俺の眼鏡を外し、露になる瞳を布で覆った。
するすると音を立て巻きつけられる布に、視界が真っ黒に染まる。
「視覚を塞ぐと、他の感覚が上がるらしいですよ。例えば……」
言葉を止めた抹樹の手が、俺の頬に触れた。
「触覚とか……」
言葉の後、すっと耳に近寄る体温を感じる。
耳に、ぬろっとした舌の感触を覚え、ぞわりとする痺れが背を這った。
「ンッ……………」
ぞくぞくとする痺れる感覚に、鼻に抜ける息が零れた。
「聴覚、とか……」
楽しそうに、脳に響くような低い音で声を放った抹樹の舌が、耳の中へと差し込まれた。
ぴちょっ…くちょっ…っと、わざとに立てられる濡れた音が、耳の中で響き、脳を焼かれている気がする。
「ンッ…くっ………」
ぞくぞくとする感覚に、耳許にある抹樹の額に手を当て、離そうと突っ撥ねた。
「感じすぎる……?」
くすくすと楽しそうに紡がれる言葉に、隠された瞳で、無意味に抹樹を睨んだ。
「ぅあっ…」
濡れた耳に、フッと息をかけられ、肩を竦ませた。
どうして。どうして、こんな、非生産的な感情という見えないものに、振り回されなければいけないんだっ。
心臓は、生きるための血液を絶え間なく送り続ければいい。
肺は、生きるための酸素を取り込めばいい。
こんなに早く脈打つ必要もなくて。
こんなに非効率に、空気を吸い込む必要もなくて。
なんでお前の傍に居るだけで、俺の身体は、こんなにも無意味に動くんだ……。
“ 好きだ”なんていう感情は、厄介で仕方ない。
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