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第65話 ちぎりたい鎖 <暴露> 15
「俺の気持ちはお前には、向かない。お前のものにはならない。残念だけどね」
悔しさに、やるせなさに、ぶわりと沸き上がった涙が、胤樹の瞳を溺れさせる。
こんなに、想っているのに。
こんなに、好きなのに。
こんなに、尽くしているのに。
どうして、オレを見てくれないの?
どうして、オレのものにならないの?
喉許まで出かかっている胤樹の想いは、自分勝手な感情だとわかっているから、形を成さない。
それを表に出したところで、満足を得る結果にならないとわかっている胤樹は、言葉にはしない。
今にも泣き出しそうな胤樹の頬に触れ、柔らかく撫で擦った。
「白根さんの命が消えてしまっても、俺は何度も何度も思い出すよ。忘れたくないからね。大好きな顔も声も体温も、記憶に鮮明に残し続けようとするだろうね」
交わせない会話。
見えない感情。
聴けない声。
感じられない体温。
2度と手に入らないと解りながらも、求めて探す。
何度も何度も繰り返し、思い出し焼きつける。
忘れてしまわぬように、心の隅に縫いつける。
「そうなると、誰かに上書きされないように、俺は誰にも触れたくなくなる」
触れていた胤樹の頬から、手を離した。
愛おしい人が消えてしまったら、俺はきっと、ありもしない残像を延々と慕い続ける。
痕跡までもが消えてしまわないように、その姿を、形を、俺は想い続ける。
「それに、幻滅するコトもないから、ずっとずっと好きなままだ。居なくなったからこそ、綺麗なまま白根さんが、ここから離れなくなるだろうね」
胤樹の胸許を、人差し指で、とんとんっと突っついてやる。
俺の指先が触れた瞬間、胤樹の瞳のダムが決壊した。
どうやっても俺が手に入らないと理解しているのに、納得したくない胤樹の感情は、消化しきれない想いを涙に変えて溢れさせた。
わんわんと声をあげて泣くでもなく、愚図るわけでもなく、どうするコトも出来ない、変えられない結末に、胤樹は俯き涙する。
泣かせたい訳じゃない。
苦しめたい訳じゃない。
胤樹は大事な弟だから。
胤樹を愛してあげられれば良かったけど。
俺の心は、白根さんに囚われているから。
胤樹に渡せる分は、残ってはいない。
俺の胸に顔を埋め、離したくないと指先が白くなるほどの力で、ジャケットを握り締める胤樹。
時折ずずっと鼻を啜りながら、胤樹は暫くの間、俺の胸で泣いていた。
好きにはならない。
胤樹のものには、なれない。
でも、泣き続ける胤樹が憐れになってくる。
「2週間だけだ」
呟いた期限に、ウサギのように真っ赤な染まった胤樹の瞳が、俺を見やった。
ツケが回ってきたんだ。
今まで、胤樹を好きなように使ってきた罰だと思えば、短すぎるくらいだ。
でも、俺には最大の譲歩だ。
「2週間だけ、お前を優先してやる」
涙に濡れた胤樹の頬を、掌で荒く拭いながら、言葉を繋ぐ。
「その間、お前の我が儘は、なんでも聞いてやる。早く帰ってきて、ずっと一緒にいてやるよ。お前が嫌がるだろうから、白根さんとの連絡も断つ。……2週間だけお前のものになってやるよ」
瞬間的に、嬉しそうに顔を綻ばせた胤樹は、再び俺の胸に顔を埋め、うんうんと頷いた。
せめてもの罪滅しだ。
俺は、少しだけ胤樹を優先するコトを決めた。
「でも」
俺の声に頷いていた胤樹の動きが、ぴたりと止まった。
胤樹の反応など気にせずに、俺は言葉を続ける。
「その後は俺の邪魔すんな」
ほんの数秒、考えるように動きを止めていた胤樹は、渋々といった雰囲気を背負いながらも、小さく首を縦に振った。
白根さんは、いつも冷たい。
素っ気ない対応ばかりだ。
何をするにも、俺きっかけ。
元々、クールな人だから、それが普通なのかもしれない。
でも、俺だって、不安になる。
俺が手を放したら、貴方は……。
試すようなコトだと、わかっている。
でも、確かめたくもなる。
俺だけが、貴方を好きなのか。
貴方も俺が、好きなのか。
少しだけ、壊れて欲しい。
俺を思って、焦れて欲しい。
少しでも、興味をもって欲しい。
俺に、執着して欲しい。
胤樹の半分でもいい、俺を必要としてくれないかな……。
貴方には俺が必要なのだと、思わせて欲しい。
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