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第67話 ちぎりたい鎖 <放置> 2

 もやもやとした憂さを抱えながら、昼食を取るために外へと向かう。  エレベータが混んでおり、非常口となっている扉を開け、外階段へと足を踏み入れた。  1階分も降りきらないところで、背中側から、扉の開く音が聞こえた。  中からなら開けられるが、外から入るには鍵が必要になる不便なこの階段を利用する者は少ない。 「″まぁちゃん″なんて呼ぶの、お前くらいだよ」  楽しそうな笑い声と共に聞こえてくる抹樹の言葉に、思わず耳をそばだてた。  上階を見上げた俺の瞳が、スマートフォンを耳に当て、空を仰ぐ抹樹の姿を捉えた。  折り返し階段の踊場にいた俺は、抹樹の死角まで進み、足を止めた。  盗み聞きに罪悪感がない訳じゃない。  それでも俺の足は、その先の一歩を踏み出せなかった。  電話の相手が誰かは、わからない。  俺の耳で聞き取れるのは、抹樹の話す声だけだ。 「白根さんは、関係ないよ」  自分の名が出たコトに、心臓がどくりと鳴った。 「無理矢理だし、マジで関係ねぇよ」  苛立ったように紡がれた声に、俺を蚊帳の外へと押しだそうとする雰囲気を感じ取る。  無くならないものなど、有りはしない。  薄れないものなど、無いと知っている。  手に入れてしまったら、それは、速さを加速する。  薄れていく感情は、俺の存在を邪魔にする。 「言わなくても、わかってんだろ?」  急に照れたような空気を纏った抹樹の声は、聞きたくもない音を奏でた。 「愛してるよ」  俺以外の人間に向けて放たれるその言葉に、足元が崩れ去っていく感じがした。  俺は、“好きだ”などと、紡いだコトはない。  40を過ぎたおっさんに、こんな若い…しかも男が、愛を囁かれた所で気持ち悪いだけだろう。  好きかどうかなど、わからない。  でも、許しているからこそ、俺はお前に従っていた。  ……愛しているからこそ、傍に居た…つもり、だった。  それをお前も、わかっているものと思っていた。  お前も、そうなのだと…俺が好きなのだと、過信していた。  でも、お前の気持ちは、いつの間にか俺以外の人間に向けられていた……。  地に足をつけているはずなのに、感覚が薄れていった。  俺以外に向けて放たれた愛の言霊が、胸を抉り、現実と幻を掻き混ぜる。  信じたくないと、五感を鈍らせる。  白んでいく頭に、数秒の沈黙を挟み、抹樹の声が響いてくる。 「はぁ…。そろそろ限界……」  疲れたように放たれる声に、抹樹の嫌気が絡んでいた。 「放置って、意外にキツいよね…?」  疑問形で紡がれた言葉に、自分の今の状況が重なり、理解する。  俺は、抹樹に放置されている……。  飽きたと言うコト……。  ……消えていくものだ。  愛なんて、続かない。  知ってる、知ってた…筈だ。  想いは時間と共に、薄れるもの。  興味は時間と共に、無くなるもの。  『貴方と居ても、詰まらないの』  『貴方には、なんの面白味もない』  そんな言葉を吐かれ、俺は、捨てられ続けてきたじゃないか……。  抹樹にだって。  俺なんて、手中に落ちてしまえば、なんの面白味もないおっさんに変わり果てる…、変わり果てたんだ。  何を、期待していたんだ…俺は。  馬鹿野郎は……、俺だ。

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