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第70話 ちぎりたい鎖 <放置> 5
『……まぁちゃんは、その白根さんって人が好きなのかな?』
急に揶揄うような声色に変化した勇気に、話を逸らすチャンスだと感じる。
“好き”という言葉の音に、白根さんの姿を思い浮かべた。
普段のクールな姿、俺の手で乱れた妖艶な仕草、不安げに顔色を窺う表情までもが鮮明に脳裏を駆ける。
「……言わなくても、わかってんだろ?」
思わず、照れ臭さに言葉が鈍る。
恋ばななど縁遠い俺たちの関係性。
全力で惚気てやろうと思ったのに、照れ臭さが勝ってしまった。
『ちゃんと言えないんなら、その白根さんって人………』
黒く淀んだ空気を纏う勇気の声に、俺は慌て言葉を放つ。
「愛してるよ」
だから、お前は手を出すなと暗に制した。
驚いたように息を詰めた勇気は、吐き出す空気に乗せるように言葉を紡ぐ。
『お前が“愛してる”とか、すげぇなぁ、その人』
驚きに塗れた勇気の声が、耳に届いた。
曲がりくねった方法でしか、好意を表現できなかった。
人と違う愛し方しか出来ない俺に、内面も知らずに“好きだ”と近寄った相手は、こんなの普通じゃないと離れていった。
俺は、好きになってもらえない相手に、紡ぐ愛など持ち合わせていない。
一方的に“好きだ”という感情を言葉にするコトはあっても、“愛してる”…、“愛されている”と言葉にするコトはなかった。
その俺の理論を知っている勇気だから、心底驚いた声を上げたのだ。
白根さんは、受け入れてくれたんだ。
どんなに曲がった俺の愛でも、それを俺として抱き止めてくれるから。
俺は白根さんを“愛してる”。
脳裏をちらつく白根さんの姿に、触れたくて、抱き締めたくて、堪らなくなる。
「はぁ…。そろそろ限界……」
指先に残る白根さんの感触を思い出すように、そこにない何かを摘まむように、親指で人差し指を擦る。
『何が?』
不思議そうに放たれる勇気の声に、同意を求める。
「放置って、意外にキツいよね…?」
『されてるの?』
きょとんとした空気を纏った勇気の声が疑問符つきで返ってくる。
「いや。してんの……」
会社での接触など、胤樹にはバレないのだから、ここまで徹底する必要はない。
でも、どうせなら白根さんに焦れて欲しいという欲張りな俺は、徹底的にかまわないという手法を取った。
2週間後の御褒美を期待した。
選択したのは、決めたのは俺だ。
そう決断したのに、あのときの自分を呪いたくなってくる。
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