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第72話 ちぎりたい鎖 <放置> 7~ Side S

 あの盗み聞きからの1週間。  俺は静かなスマートフォンを握るだけだった。  真綿で首を絞められるように、じりじりと抹樹の言った期限が近づき、今日がその日だ。  俺は、首筋に寒気を覚えながらも、いつも通りに仕事をこなす。  10年近く前に取引のあった得意先の情報が必要で、古すぎるそれはデータ化されていないコトに気づき、顔を顰めた。  紙の資料を捲るしかない俺は、資料倉庫へと足を運んだ。  倉庫へと入り、棚に整然と並ぶパイプ式ファイルの中から目星をつけた1冊を手に取る。  数枚を捲ったところで、扉付近に人の気配を感じた。  人の出入りがあまりないこの場所。  嫌な予感に、怯えを孕む瞳を向けた。  微かに寄る眉間の皺。  哀しそうに落ちる眉。  無理に持ち上げられているような口角。  痛みを抱えているような抹樹の笑顔は、俺の不安を煽る。  痛みが伝染してくるような気がして、視線を背けた。  資料へと向けた瞳からの情報は、全く頭に届かない。  俺は、これからフラれるのか……?  俺の心は、半分は諦めが占拠し、残りは我儘に駄々を捏ね始めた。  俺は見ていた資料を、ぱたりと閉じる。  抹樹と話す気概などない。  出きる限り早く、この場所から立ち去りたくなる。  逃げたところで、数時間か、数分だ。  別れをほんの少し引き伸ばすだけの無駄な足掻き。  わかっているのに、目的の資料を手にするコトも出来ず、抹樹の横をすり抜け、この場からの逃亡を試みる。  関係のない資料を抱える俺の右腕が、がっと捕まれた。  無理な話だ。  狭い通路しかないこの場所で、気付かなかったふりをしてやり過ごすなど、出来るわけがなかった。  抹樹は、掴んだ腕を支点に俺の後へと回り込み、ぎゅっと抱き締めてきた。  俺の心臓が、爆音を立て鼓動を刻む。  無意味な緊張が、俺の身体を強張らせた。 「寂しかったですか?」  くすくすと笑う抹樹の声。  馬鹿にされ、嘲り笑われている気分だ。 「僕は、……」  聞きたくないっ。  続きそうな言葉を剥ぎ取るように、俺に回された抹樹の腕を掴み、振り解く。  そのまま身体を回転させ、抹樹に向き合った。  でも、その顔を見やるコトは出来ない。  これから切りつけられるコトを知っている俺の心が、ギリギリとした痛みを放ち、顔を上げられなかった。

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