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第73話 ちぎりたい鎖 <放置> 8
捨てられるくらいなら。
千切られるくらいなら。
「わかった、……てやる」
嫌で嫌で仕方ないその言葉を紡ぐ声が萎む。
こんな小さな音じゃ、抹樹の耳には届かない。
覚悟を決めるしか、……ない。
「お前など卒業してやる。離れてやるよっ。それで満足なんだろっ」
瞳の奥が熱くなり、じんじんとした痛みを放つ。
じわりと浮かぶ涙が、俺の瞳に膜を張る。
「鈍くて、悪かったなっ」
涙で潤んだ瞳で睨めつけたところで、凄みも何もない。
胸許に抱えていたファイルを抹樹へと投げつける。
暴力に訴えたところで、俺が抹樹に勝てるはずもなく。
でも、苛立ちに荒れた気持ちは、何かにぶつけなければ、破裂し壊れてしまいそうで。
勢いのままに、手許の資料を抹樹へと投げつけていた。
「痛っ……」
飛んでくるなどと思っていなかったファイルは、抹樹の腕には収まらない。
反動に金具が緩んだファイルから、バラバラっと弾けた資料が床に散らばった。
唖然とした瞳を見せる抹樹に、俺は逃げを打つ。
「白根さん……っ」
背に投げられる抹樹の声を無視し、資料室から飛び出した。
トイレに駆け込み、息を吐く。
何やってんだ…、俺。
いい歳したおっさんが、色恋に振り回されるなんて……、滑稽だな。
ははっと口を衝いた自嘲の嗤い。
息が上がるほど走ったわけでもないのに、呼吸が儘ならない。
苦しさに緩めたネクタイに、治りの悪い擦り傷の痕が、鈍い赤色の痣を作っていた。
緩く触れるそこは、幻の熱を持つ。
これは首輪で出来た傷痕だ。
普段のセックスでも、抹樹は至る所に、キスマークを刻んだ。
好きで独占したいから、印を打って、囲うんじゃないのか?
あれもこれも、俺に付き合った、責任の産物なのか?
「ははっ……」
馬鹿、みたいだ。…俺は馬鹿野郎、だ。
情けなく笑う自分の姿が、映る鏡。
涙なんて出なかった。
抹樹のように、胸が痛いと泣ければ、少しは楽だったのかもしれない。
でも、何度となく痛みを受け、その痛みは、何時しか消えると知ってしまった心は、泣いたって何もならないことを知っていて。
痛くなんて無いと強がり、涙の代わりに嗤いが口を衝いて出る。
「ふっ…、はは………」
狂ったように笑う自分が滑稽で、心が冷たく凍りついていった。
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