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第74話 ちぎりたい鎖 <放置> 9~ Side M
資料倉庫へと向かう白根さん。
やっと触れられると昂揚する気分に、顔がニヤけるのを抑えられなかった。
資料倉庫へと足を踏み入れた俺に、不安げな緊張を孕む瞳が一瞬だけ向けられる。
俺だと認識した白根さんの瞳は、すぐに資料へと戻っていった。
ぱたりと閉じられた資料を手に、この場から去ろうとする白根さんの腕を掴む。
そのまま白根さんの背後に回り込み、愛おしいその身体を、ぎゅっと抱き締めた。
「寂しかったですか?」
くすくすと笑う俺に、『馬鹿か? お前は』と、何時ものように怒鳴られることを想定していた。
でも。
白根さんは、俺に抱き締められたまま、動かず、声も発しない。
「僕は、……」
寂しかった…そう伝えようと、白根さんの肩に額を埋める。
白根さんに回した腕を、ぐっと掴まれた。
震えている白根さんの手が、あり得ないほどの力量で、俺の腕を振り払う。
白根さんは、振り払う動作で身体を回し、俺に対面する。
でも、深く俯く表情は、俺には窺い知れない。
「わかった、……てやる」
ぼそりと呟かれる白根さんの言葉に、俺は首を捻った。
「お前など卒業してやる。離れてやるよっ。それで満足なんだろっ」
ばっと上がった白根さんの顔は、泣き出しそうなほどに歪んでいた。
潤み濡れた瞳が、俺を睨めつける。
「鈍くて、悪かったなっ」
白根さんは、手許のファイルを俺に叩きつけた。
俺に当たったファイルは、挟まれていたものを吐き出すように、床に資料を散らす。
「痛っ……」
予想外の飛来物を、受け止めるコトも出来ず、痛みだけが俺の身体に残る。
呆気に取られ、白根さんを見やる俺。
「白根さん……っ」
俺の呼び掛けは、虚しくその背を追う。
白根さんは、逃げるように資料倉庫を出ていった。
足元いっぱいに広がった資料に、唖然と扉を見やる。
……何が、起きた?
想像以上の白根さんの怒り具合に、思考が追いつかず、暫し呆然とした。
久し振りに触れた白根さんに、拒絶を示され逃げられたという事実。
空になった掌を見詰め、深く息を吐く。
放って置き過ぎたということ、か?
考えられるのは、かまわなすぎた俺に白根さんが痺れを切らし、苛立ちを覚えたというコトだ。
はぁっと、重い溜め息を放ち、腰を落とす。
頭の中を整理するように、床に散乱した資料を、集め挟み直す。
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