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第78話 ちぎりたい鎖 <説教> 3~ Side K
「大地に迫られてんだけど……」
晩御飯を食べながら、ぼそりと呟いたオレに、兄の反応はない。
「ねぇ。兄さん?」
晩御飯を準備したのはオレ。
兄に喜んで欲しくて、料理を勉強した。
兄が好きなチーズとささみのフライに、コールスローサラダ、常備菜のきんぴらごぼうなんかもテーブルに並べた。
1人で食べても美味しくないからと、向かいに兄を座らせ、一緒に食べようと誘ったけど、ご飯も味噌汁も要らないと拒否される。
缶ビールを片手に、少しだけきんぴらを摘まみ、すぐに箸を置かれてしまった。
ビールを喉へと流しながら、兄の視線が、やっとオレに向いた。
「なんか言った?」
尋ね顔のオレを瞳に捉えた兄が問う。
小さく不満げに息を吐き、言葉を重ねた。
「大地に迫られてんの。兄さん、なんか知ってる?」
「俺は、何もしてねぇよ」
興味なさげに視線を背け、平坦な声を紡いだ兄は、再び缶ビールに口をつける。
オレが大地に迫られているなど、兄にとって恰好の揶揄いのネタなのに、軽く流された。
2週間、兄は約束通りオレを優先してくれた。
帰りも早かったし、一緒にいる間にスマートフォンを気にする素振りもなく、兄の瞳には、ずっとオレが映っていた。
甘やかしの最中、流石にエロいコトはされなかった。
額や頬にキスをされるコトはあっても、それは愛玩動物を愛でるような意味合いで、色気や、いやらしさを伴うものじゃない。
高校に上がる頃から、お前は可愛げに欠けると、そんな雰囲気にはならなくなっていた。
甘やかし終えた兄は、オレとの距離を取る。
それは普通の家族の距離。
これ以上兄を怒らせることのないように、オレも大人しくしている。
「手ぇ出したのはお前だろ。責任取れば?」
笑うコトもなく、さらりと紡がれた兄の声。
その瞳は、手持ち無沙汰に弄る缶を見やっていた。
「責任ってなんだよ……」
責任だなどと真っ当なコトを言い出した兄に、オレは不満に塗れた文句を零す。
「お前、大地とヤったんだろ。手ぇ出したからには、ちゃんと最後まで責任持てよ」
ビールの缶を見詰めながら、真面なコトをいう兄に、オレは不服げに顔を歪めた。
大地とヤったコトを兄が知っていても、何の不思議もない。
音も声も駄々漏れだったろうし。
でも、手を出したからには責任を取れなんて言葉が、兄の口から出るコトに違和しか感じない。
「責任取れって言われたから、俺、頑張ったんだけどな……」
ぼそりと声を放った兄は、いじけたようにビールの缶を指先で弾いた。
不審げに見やるオレの視線に気づいた兄は、深く瞳を瞬き、なんでもねぇよ、とビール片手に腰を上げた。
“責任”は、あのオッサンにかけられた呪いの言葉だ。
“頑張った”という過去形で紡がれた兄の呟きに、寂しそうな空気を背負ったままリビングから出ていった後ろ姿を視線で追う。
頑張ったけれど?
……あのオジサン、兄さんに何したんだよ。
甘えたい気持ちを隠して、兄に邪魔だと思われないようにイイコにしてるのに。
オレという邪魔者がいなくなり、兄の機嫌は良くなるものだと思ったのに。
兄は、なんだか抜け殻のようになってしまった。
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