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第82話 ちぎりたい鎖 <説教> 7

 白根とかいう人の帰宅ルートに到着し、待ち伏せしていた。  疲れた顔で歩く冴えないオジサン、白根を発見する。  その姿を確認した胤樹は、しゃがみ込んでいた腰を上げ、ゆるりと寄っていった。  目の前を塞ぐ人影に、足を止め視線を上げた白根は、驚いたようで軽く息を飲む。  じっとりとした瞳で、白根を睨めた胤樹が口を開いた。 「兄さんに、何したの?」  僕たちの出現に、白根が怯える様子は微塵もない。  疲れを全面に押し出た顔で、胤樹と僕を見やった白根は、溜め息と共に言葉を吐き出す。 「何もしていない」  白根の言葉に、胤樹の顔が曇った。 「嘘だ」  言い切る胤樹。  有無を言わさぬ迫力にも、白根に怖じ気づく気配はなく、返って煽られたかのように冷静に声を紡ぐ。 「嘘じゃない」  絶対に何かをしたはずだと詰め寄る胤樹と、やってもいないコトを責められるのは心外だと苛立つ白根。 「あんな抜け殻みたいな兄さん…、兄さんじゃないっ。あんたが何かしたんだろっ」  キッと白根を睨みつけ、悔しげに拳を握る胤樹。  嫌な予感がする……。  このままだと、胤樹の手が出そうだと感じた。  白根を傷つけるのは、非常に不味い。  そそのかした僕まで、抹にぃの逆鱗に触れるのは、火を見るより明らかだ。  僕は、胤樹が暴力に訴える前にと、2人の水掛け論に口を挟んだ。 「何したの? 本当に……」  口を割らない白根に、呆れ混じりの声を放った。  胤樹に据えていた白根の視線が、思い出したように僕に向いた。 「お前こそ。あいつと別れたから、ここぞとばかりに、仕返しにでも来たのか?」  面倒臭いと言わんばかりの声色で紡がれた言葉に、はぁっと重たい息が続く。 「あははっ。僕、そんな小さい人間じゃないし」  別に、尻に指を突っ込まれたくらいで、根に持つような質じゃない。 てか。 「……ん? 別れた?」  予想外の言葉に、ぱちぱちと瞳を瞬いた。 「…そうだよ、別れたんだ。そもそも恋人だったのかすらあやふやだけどな。俺と抹樹は、もうそういう関係じゃない。だから、何もしてないし、何も…できない」  虚しそうに言葉を紡いだ白根は、諦めの色を浮かべた瞳を地面に向けた。  僕の隣で胤樹は、睨む視線をそのままに、訝しげに眉根を寄せた。 「あんたがフラれた…、ってコト?」  整理の出来ない頭のままに問う僕に、白根の苛立った瞳が、こちらを見やる。 「そんなこと、もう、どうでもいいだろう」  投げ遣りに放たれる白根の言葉に、僕は眉根を寄せる。  どうでもよくないよ?  だって、抹にぃがフったんなら、僕のライバルとして復活しちゃうじゃん?  また抹にぃが胤樹をかまうようになったら、僕に勝ち目なくなるじゃんっ。

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