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第84話 ちぎりたい鎖 <説教> 9

 胤樹がキレれば、僕には止められない。  焦った僕は、抹にぃに助けを求める。 『かずキレる。おっさんヤバい』  僕に打ち込める文字は、これが精一杯だった。  感情をヒートアップさせた胤樹の苛立ちが爆発する。 「ぬぁーっ、腹立つなぁっ! いい加減にしろよっ!」  苛立ちを抑えきれなくなった胤樹が、白根の胸許に手をかけた。 「ちょ。胤樹っ」  僕は慌て、白根のジャケットを掴む胤樹の手を外そうと試みる。  触れた僕の手は、大きく振り払われ、胤樹は直ぐに白根のジャケットを掴み直した。  勢いのままに顔を引き寄せた胤樹は、一触即発の空気を放つ。  こうなってしまっては、僕には胤樹を止める術がない。  ブルッと震えるスマートフォンに視線を落とす。  僕の送った数個の単語から、状況を読み解いた抹にぃから返信が届く。 『どこ』  短い言葉に、僕は慌てながら駅名を打ち込んだ。 「兄さんは、あんたに飽きたりなんてしてないんだよっ。オレがヤキモチ妬いたんだっ!」  胤樹の声に、視線を戻した。  至近距離で放たれた胤樹の言葉に、白根の眉が、きゅっと寄る。 「あぁ、そうだよ! 重度のブラコンだよっ。あんたに取られんの嫌だった! だから、邪魔したっ」  何も掴んでいない胤樹の手が、力一杯拳を握る。 「オレを黙らせるために、ちょっと放っとかれただけだろうがっ。これからずっと、兄さんはお前のもんなんだよっ。あんなちょっとの期間放っとかれたぐらいで、ガタガタ言ってんじゃねぇよっ」  ぐっと引かれた胤樹の拳が、全速力で白根を目指す。  殴られるコトを覚悟した白根は、痛みに備え、眼鏡の奥の瞳を閉ざす。  それでも、顔は胤樹を向いたままで。  殴るなら殴ればいい。  それで気が晴れるなら、付き合ってやるとでも言いたげだ。  その顔には、申し訳なさが滲んでるようにも見えた。  白根の顔に向かい飛んだ胤樹の拳は、数センチ前で、びたっと動きを止めた。 「別れてぇんなら、別れればいいっ。でも、兄さんは納得してねぇっ」  訪れない痛みに、白根は薄く瞳を開く。  胤樹の顔は、悔しげに歪んでいた。  白根に飛ばなかった拳は開かれ、そのジャケットを掴む。  まるで懇願でもするように、胤樹の両手が白根のジャケットに縋っていた。 「あんなの兄さんじゃないっ。あんたにフラれてからの兄さんは、兄さんじゃないんだよ……っ」  ジャケットを掴んでいる手に怒りを乗せるように、白根の身体を揺さぶる胤樹。  自分では埋められない隙間。  それに気づいた胤樹は、抹にぃを手放すしかなくて。  嫌だと思っても、抹にぃから卒業するしかなくて。  白根のジャケットを握る胤樹の手には、抹にぃへの想いが溢れんばかりに詰まってる。  放したくないけど、離さなくてはいけないその手は、未練に揺らぐ。  大きな足音が、白根の背後から迫る。

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