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第85話 ちぎりたい鎖 <説教> 10~ Side S
抹樹の弟、胤樹と、その友人、大地に絡まれる。
抹樹と別れた俺に、ここぞとばかりに仕返しでもしに来たのかと、溜め息を吐いた。
抹樹に何をしたのだと詰め寄られたが、別れた俺に何が出来るというのか。
何もしていないし、関係もないと紡ぐ俺に、胤樹の左手がジャケットを掴み、顔を寄せた。
殺気に塗れた胤樹の視線が、俺を刺す。
握られた拳が、俺に向かい飛んでくる。
これからずっと抹樹は俺のものだと言われても、当の本人が飽きて捨てたのだから、戻る訳がない。
でも。
胤樹の大事なものを、ほんの少しの期間でも取り上げてしまったという贖罪に、微塵の申し訳なさが滲んだ。
言い返す気力もなく、されるがままに殴られてやろうと瞳を閉じた。
抹樹が抹樹じゃないと言われても、そんなの俺のせいじゃない。
捨てられた俺に、何が出来るというんだ……。
地面が揺れるような大きな足音が後ろから近づく。
音に驚き、胸ぐらを捕まれたままに、顔だけで振り向いた。
ドカッと鈍い音の後、吹き飛んだのは、胤樹だった。
俺のジャケットを掴んだままに飛ばされた胤樹に、ぐっと身体を引かれ、うっと息が詰まる。
腰を、がっちりとホールドされていた俺は、転ぶことは避けられた。
胤樹を殴りつけ俺の腰を支える男に、顔を向ける。
はぁはぁと肩で息をする抹樹の姿が、瞳に映る。
「ごめんっ。白根さん、平気?」
慌てふためく抹樹は、俺をその場に立たせ、身体を上から下まで、ぽんぽんと両手で叩いた。
思いもよらない抹樹の出現に、ぽかんとしている俺。
俺に傷がないとわかり、抹樹は、ほっと安堵の息を吐く。
「…………いっぅ」
抹樹に殴られ、地面に座り込んだ胤樹の口の端には、血が滲んでいる。
俺は、目の前の抹樹を押し退け、胤樹に寄る。
「大丈夫か?」
傷口に触れようとする俺の手が、ぱしりと弾かれた。
「触んなっ」
キッと俺を睨み上げてくる胤樹に、手を引っ込める。
俺は抹樹を振り返り、怒鳴った。
「謝れっ」
胤樹に謝罪しろという俺の言葉に、抹樹は眉根を寄せ、顔一杯に不満を浮かべた。
抹樹は俺の声に、ぷちりと理性の糸を切った。
「白根さんを殴ろうとしたこいつが悪いっ。なんで俺が謝んなきゃなんねぇのさっ」
意味がわからないというように、苛立つ抹樹に、俺も同じテンションで声を放つ。
「俺は殴られてないっ。急に飛び込んできて、手を上げるなんて、それが兄貴のすることか!?」
勢いを弱めることなく叱りつける俺に、抹樹も感情のままに、吠える。
「兄だとか弟だとか関係ねぇんだよっ。俺の大事なもん傷つけるヤツは、誰も許さねぇっ」
抹樹の視線は、俺を通り越し胤樹を睨む。
「邪魔すんなって言ったろうがっ」
胤樹に怒鳴り、更なる拳を飛ばしそうな抹樹に、俺はその腕を鷲掴む。
「……っ。ごめ、…なさい」
俺の後ろから、胤樹の掠れた謝罪が聞こえた。
振り返った俺の瞳には、肩を落とし俯いた胤樹の姿が映る。
「あー、そそのかしたの僕だから……。僕も、ごめんなさいするから……」
もう、許してやって欲しいというように、大地が間に入り、顔の前で両手を合わせた。
上目遣いに抹樹を見上げ、許してくれと乞う大地。
その姿に、チッと舌を打った抹樹は、腕を掴む俺の手を握り直し、その場を離れた。
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