86 / 90

第86話 ちぎりたい鎖 <説教> 11~ Side K

 兄に殴られ、肩を落とす。  兄の大事なものは、あのオジサンで。  オレの順位は、二の次で。  害をなすオレは、排除されて当然で。  これ以上、嫌われないように“ごめんなさい”を紡ぐのが精一杯だった。  居なくなった兄とオジサンに、オレは暫く俯き拗ねていた。  地面に座り込むオレに、大地も隣にしゃがみ、大人しくしている。 「ねぇ。泣けば?」  大地の言葉に顔を上げ、瞳を向けた。 「別に、胤樹が泣いたって、変じゃないよ? 失恋したんだから、泣けば良いじゃん」  ん? と催促するような大地の表情に、オレは黙って、その瞳を覗く。  黙って傍に居てくれる大地。  オレが暴れ狂おうが、泣き喚こうが、大地は何でもないコトのように、ずっと隣にいてくれる。 「胤樹が泣いても、僕の中のお前の査定は下がったりしないよ? 残念なヤツだとか、弱虫だとか、思わないし……てか、胤樹の泣き顔とかちょっとレアで、滾るかもだけど」  ふんっと軽く鼻息を荒らげる大地に、いじけていた気持ちが、馬鹿らしくなる。 「滾るってなんだよ……」  呆れるように放ったオレの声に、大地が小さく笑った。 「ちょっと戻ったね、元気」  ふふっと嬉しそうに笑んだ大地は、言葉を繋ぐ。 「胤樹の胸に空いた穴、僕が代わりに埋めたげる」  オレの頭に伸びてきた大地の手が、豪快に髪を掻き混ぜてくる。  大地らしくないその慰めに、オレは息を吐く。 「兄さんは兄さんで、大地は大地だろ。代わりなんていらねぇし」  頭の上で蠢く大地の手を掴み剥がした。  物を返すように、大地の身体へとその手を寄せた。  戻された手をグーパーしながら、大地が口を開く。 「僕は欲しいけどなぁ。抜け殻でもいいから、胤樹が欲しいよ。抹にぃの代役でもいいから、そのポジション欲しいよ?」  小首を傾げ、オレを見やる大地に怪訝な顔を向けた。 「だって、僕、胤樹のコト好きだからさ」  頬を赤らめ照れ笑いを浮かべる大地。  釣られて、オレまで照れ臭くなる。  きゅっとする心臓に、大地から視線を背け、ぶっきらぼうに声を放つ。 「なに、どさくさに紛れて告ってんだよ」  赤くなりそうな顔を、親指で口端の血を拭い誤魔化す。 「チャンスじゃん? 抹にぃっていうライバルがいない今、絶好の機会でしょ」  にししっと笑う大地に、白けた瞳を向けた。 「弱ってるとこにつけ込むなんて、狡いだろ。卑怯者のやるコトだぞ」  論点をずらし、大地の告白をさらりと流す。  “好きだ”という大地の言葉に、“好き”とも“嫌い”とも返さないオレ。  向けられる好意は、オレの胸の傷を少しだけ浅くする。  大地の言葉はオレを包み、その好意は胸の痛みを緩和する。  大地の優しさに甘えたくて、結論を先延ばしにするオレの方が、よっぽど狡い。 「別に狡くても良くない? 傷つけようとしてる訳じゃないんだし。胤樹なら弱ってても、嫌なもんは嫌だって言いそうだし」  オレのコトなら何でもわかると言いたげに、どや顔を向ける大地。  オレは、さらりとした声を返した。 「まぁな。オレは大地のコト、そういう目で見たコトねぇし……」 「だよねぇ……」  オレの言葉を受け、大地がしおしおと萎んでいく。  兄の大事な人に、オレはなれない。  大地は、オレの大事な人じゃない。  オレも、大地も、今は望んだ場所にいない。  誰も、誰かの代わりになんてなれやしない。  でも。  大地の大事な人がオレだというのなら、オレの大事な人候補に大地を入れてやればいいんじゃないのか?  いつか思えるかもしれないから…、大地が好きだって。  しゅんと肩を落とす大地に、言葉を繋いだ。 「これから、考えればいいんだろ?」  ぱちぱちと瞳を瞬いた大地が口を開く。 「ゼロじゃない? 僕には可能性が残ってる?」 「まぁ、数%程度なら?」  失恋したばかりの弱った心は、まだ余所見を出来る状態じゃない。  大地を好きになれるかなんて、今の自分にはわからない。 「充分!」  ぐっと拳を握った大地が、ガッツポーズする。  にぃっと笑った大地の顔が寄った。  赤く腫れてきたオレの口端に、ちゅっと大地の唇が触れる。 「なにすんだよっ」  ぐっと眉根を寄せ、迷惑そうに大地を見やるオレ。 「難攻不落な感じに萌えて、ちゅーしちゃった」  へらへらと嬉しそうに笑む大地が、なぜだか可愛く見えてしまう。  ……オレ、このまま大地に絆されちゃうのかな。

ともだちにシェアしよう!