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第88話 ちぎりたい鎖 <説教> 13

「放っとけば良かったじゃないか。そしたらお前は、自由だ…。俺が殴られようが、お前には関係ないだろ」  突き放すような白根さんの声に、俺はその場で頭を振るう。 「関係なくない……」  嫌だと駄々を捏ねる子供のように、いじけた声を放つ俺。  止まらない白根さんの溜め息。  俺を急かすように叩いていた手も、諦めたようにベンチの上に放られる。 「もう、充分だから……放っとけよ。俺に縛られる必要ない。責任取れなんて言って、悪かったよ……」  俺は、大きな誤解をしていたのかもしれない。  『責任を取れ』…白根さんのその言葉は、ただ単に文字通りで。  白根さんが、俺のコトを好きなのかと舞い上がっていたけど。  こんな身体にした責任を取って、俺を満足させろと言う意味で。  同情で…、傍に居てくれていただけなのかもしれない。  でも。この際、同情でも、憐れみでも、なんでも…いい。 「…白根さん。俺のコト、好きじゃなくていいからさ。一緒に居てよ。脅されてる体でいいから、傍に、居てよ……」  今、腕の中にあるこの温もり…、それだけは、放したくないと痛切に願っていた。  好きじゃなくていい。  いつか、好きになってくれなくてもいい。  俺だけが、好きであればいい。  苦しくても、切なくても、…それでも、傍に居たいんだ。  我儘で、ごめんなさい。  でも、放したくないんだ。 「嫌になったのは…、飽きたのはお前だろ」  重く吐かれた息は、疲れを滲ませ胸を抉る。  俺は嫌になんて、なってない。  放っておいたのは認めるけど、嫌いだから、…飽きて離れたいからと、そうした訳じゃない。  白根さんを拘束する腕を緩め、その顔を覗く。 「一生なんて無理だって。そろそろお前を卒業して欲しいんだろ……」  白根さんの声は、哀しそうに萎んでいった。  膝の上に座る俺を見上げるその瞳は、切なげな笑みを浮かべる。  じわりと迫上がる涙を誤魔化すように、慌て瞳を閉じた白根さんは、深く俯く。 「“まぁちゃん”なんて可愛く呼んでくれる恋人、居るんだろ」  俺の両肩を掴んだ白根さんの手に、拒絶するように身体を離される。 『まぁちゃん』という単語にピンとくる。  そんな呼び方をするのは、勇気だけだ。  勇気との電話を聞かれていたのだ。 「もしかして…、電話、盗み聞きですか?」  俺を押しやる白根さんの力が、ばつが悪そうに弱くなる。  電話を聞いていたことを責めるつもりはない。  別に怒ってもいない。  でも、違う。  白根さんは、何もわかってない。  俺と勇気の会話を、完全に誤解している。 「電話の相手…勇気は、恋人でも何でもないですよ。強いて言うなら、幼馴染みです。そこに恋愛感情は皆無です」

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