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人形の恋(2)
そのことは、僕も知ってる。ご主人が僕の上に跨って、ごつごつとした手で抱き寄せられて、ぎゅうっとされる時に見せる顔はとてもせつなくて、「僕の」名前を呼ぶ時たまに泣いてしまうんじゃないかとさえ思う。
ご主人は大人の人間で、社会的地位もそれなりにある。僕達以外の前でそんな顔は多分、見せることはないのだろう。
名前を呼ぶ声。
僕の裏側にいる、もういない人の名を呼ぶ声。
僕は身替わりなのだ。ご主人はその人を失ったあと、他の人間を選ぶことも出来ずに、僕といることを選んでしまった。僕としてはそれに対して特に感慨もない。けれどご主人にしてみたら、幸せなことなのだろうか。
僕の顔も、いびつな形を象 ったシリコンも、もういないその人のもの。
慰めの言葉でも吐けたら、良かったのだろうか。
けれど僕達はこうやってドール同士コミュニケーションを図る以外に言葉を持たない。僕の声は、ご主人には永遠に届かない。
「身替わりでも、構わないんだよ。ダリア、少し黙っていてくれ」
「ふぅん、お人形の鑑だねあんた。……まあ、いいわ。せいぜいあの人に可愛がられたら」
「そうするよ」
もうすぐ帰ってくるだろう。
帰ってきたらご主人はまず風呂に入って自分の体をきれいにしてから、僕をベッドへ連れていってくれる。
僕のことを、とても大切に扱ってくれる。僕に亀裂が入らないように、大事に大事に愛してくれる。
「……ダリア、もしかして僕に嫉妬してるのか?」
ふと湧いた疑問をダリアにぶつけてみたら、しばしの沈黙の後、少し怒ったような声が返ってきた。
「あたしはあたしがきれいでいられれば、それでいいの」
ご主人がダリアの髪が乱れていることに気づいてくれれば良いのだけれど。僕は玄関の鍵が外れる音を遠くに聞きながら、ご主人には聞こえない声を発するのをやめた。
おかえりなさい、ご主人さま。
動かない目でその姿を捉え、心の中で呟いた。
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