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音を拾い集める男 単発もの
眠い。
瞼が落ちてくるのがわかる。
家の中、そこらじゅうで眠くなったら寝てしまう。僕は今、猛烈に眠くて部屋に置かれたソファに横になっている。
集中力が切れている証拠だ。そういう時は無理に作業を続けても埒が明かないことを知っているから、こうやってじっと目を閉じている。
外の音はまるで聞こえず、部屋の音も外には漏れてゆかない、静かな空間。緩やかな時間。
今何時だったろうか。腕時計を見るのも面倒臭くて、時間を気にしたこともすぐに忘れて微睡 みに堕ちる。
ソファに寝そべる前になんとなく弄ったメトロノームが、棚の上でかちかちと単調なリズムを刻んでいる。うるさく感じたりはせず、むしろそれは僕を心地好い眠へと誘った。
……深い、
深い眠り。
誰かに起こされない限り、気が済むまで僕は眠りを貪る。
集中する時は一気にするし、眠いなら眠る。眠りの中で音符を拾えることもある。覚醒している時には見つけることの出来ないパターンが、ふとした瞬間に目の前に提示される。
……あ、ほら。
こんなとこに落ちてた。薄氷 の上にぱらぱらと散らばっている音符のかけら。僕は地面に静かに立ち、それを拾い集めて一節を組み立てる。
綺麗だな……。
鈍い色をした空の下で顔を上げ、なだらかな曲線を描くその音符を透かし見る。
きらきらと澄んだプリズムに見えたかと思えば、角度を変えると黒曜石みたいに色を変えるそれ。僕の脳の中に存在するもの。本来形のない、音の連なり。
組み合わせ次第で、光にもなり、闇にもなる。
愛撫にも、凶器にも変わる。僕の捻じ曲がった心はつい、その配列を凶器へと変貌させてしまうことが多い。
攻撃。
破壊。
暗闇の中にある深淵。狂気。
けれどそれは落ち着く。
僕は音に飲まれて生きている。
この中でしか生きることが出来ない。
それでも優しいピアノの音に包まれていたいと思うこともある。少し思考を変えてみれば美しい旋律が出来上がるのに、それをしないのは、僕が救えないからだ。
──僕は、
救われたいのだろうか?
否、と誰も聞いていないのに呟く。
僕は手に持った音符を飲み込んで、再び何か落ちていないかと探し始める。
心の鼓動。
メトロノームの鼓動。
歩く音さえ聞こえない、誰もいない夢の中。僕はこれを夢だと認識している。まだ覚めなくて良い。まだ足りない。見つけたいものが、まだ見つかっていない。
僕は夢の中で目を見開いて、見えない物を探している。
……あ。
今、誰かが。
いたような、……気がしたのに。
かすかに感じる自分以外の体温。
誰、と声に出してみても返事はない。僕の額をさらりと撫で、体をぎゅっと抱き締められる感触。誰かがいる。いるのに、それがわからない。
メトロノームが遠ざかってゆく。ふわふわと体が揺られ、僕の足元から拾い集めた音符が、ざらり、ざらりと零れ落ちてゆく。
それはやわらかな配列に変化し、僕を更に心地好い眠りの中へ引きずり込む。嫌ではない。とても、とても優しい、……
これは、なんなのだろう。
目を開けてはいけないような気がして、僕はあえて目覚めることをしない。
目を開けた先に何があるのか、本当は知っていたのではないだろうか。そう思ったが、深く考えるのはやめた。
知らない方が良いことは、この世の中に溢れ返っている。
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