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「えっと……付き合うっていうのは、つまり普通に男女みたいに……ってことだよね?」
「そうです。大事にします」
至極真面目な顔で言われて、困ってしまった。
そんなのダメだと突っぱねられればよかったのに、……あんな妄想で『して』しまったばかりだ。
罪悪感でうつむく。
「先輩、くっついていい?」
「……お好きに」
ぽつっとつぶやくと、佑哉は、何か壊れモノでも扱うようにそっと僕の体を抱きしめた。
そして、髪をすいて、こめかみのあたりに口を寄せる。
「怖いですか?」
「別に。襲われるとか思ってないよ、ほんとに」
「じゃあもう少し調子に乗ってもいいですか?」
「……好きにしていいってば」
客観的に見たら絶対変なこの状況に、なぜかドキドキしてしまっている。
こっち見て、と小声でささやかれて、言う通りに見上げて目を合わせた。
見れば見るほど、綺麗な顔だ。
僕なんか釣り合わない……という、ズレた感想を抱く。
いや、違うだろ。そうじゃない。
男と付き合うなんてありえないし、校内での恋愛は校則違反だし。
そう思うのに、ついさっき思い浮かべたあられもない想像が頭をよぎって、ばつが悪くて目をそらした。
胸をなめられたり、とか。
そんなことあってたまるかと思いながら。
考えとは裏腹に、体の芯で何かがくすぶっていたりして。
「全くの脈なしってわけじゃなさそうって思うから、言ってるんですけどね」
「え? どこが? ないよ」
「顔には、あるって書いてますけど」
みるみる顔が熱くなってくる。
「ない、ない」
「そうですか。じゃあ無理強いはよくないし、やめます」
「……へ?」
あっさりと体を離す佑哉の顔を、ぽかんと眺める。
一拍の沈黙ののち、佑哉はケラケラと笑い出した。
「やっぱり先輩、俺のこと好きじゃないですか」
「いやっ、そういうんじゃ……うわっ」
どさっとのしかかられて、思い切りベッドに倒れた。
覆い被さる佑哉は、目を細めて穏やかに笑った。
「先輩にとって、校則は大事なもの。どうしても破れないもの。知ってます、先輩、頭堅いですもんね」
「そうだよ。頭が堅くてごめんね。僕は君とは付き合えないよ、校則があるから」
こう言ってしまえば、自分の中のぐちゃぐちゃした気持ちから抜けられると思った。
けれど、現実は違った。
言ってしまって、なんだか後悔したのだ。
理由は分からないけど。
佑哉は真面目な顔で言った。
「校則、付き合っちゃダメだと思いますけど、好きかどうかは言ってもいいと思いますよ」
「……そんなの、」
「教えてくれませんか?」
僕は、ほんの少し言い淀んでから、早口に言った。
「好意はあるよ。そりゃ、そうでしょ。ルームメイトだし。でも付き合うとか恋愛とかそういうのはなんかちょっと、違う、っていうか、……ぅ、」
「どうしました?」
「し、心臓がドキドキして、痛い」
ぎゅーっと目をつぶると、「ぶっ」と噴き出した佑哉は、大声で笑った。
「あはは。何それ、可愛すぎますよ先輩」
「笑いたいなら笑えばいいよ」
「バカにしたいわけじゃないです」
やめて欲しい。
そんな優しい顔で見下ろすのは。
佑哉は俺の頭をゆっくりなでた。
「俺としては、ちゃんと付き合おうって確認し合ってしたかったというのが本音なんですけど……でも、無理ならしょうがないです。『付き合ってなくても、好意があるなら大丈夫』っていう解釈でいかせてもらいますね」
音も立てずに、唇が触れた。
驚いて目を見開き、突き飛ばそうとしたけど、自分でも驚くほど、腕に何の力も入らなかった。
「かわいい」
「ん」
佑哉は僕の両手をとらえて、指を絡ませて、何度もキスをしてきた。
角度を変えて、何度も何度も。
「……は、ゆうや、やだ」
「やだ?」
「やだよ」
「顔真っ赤ですよ」
そんなの知ってる。
指摘されて恥ずかしくて、また熱くなった気がする。
またキスされて、苦しくてちょっと口を開けたら、ぬっと舌が差し込まれた。
いけないと思いながら見た、アダルトビデオを思い出す。
男が舌を伸ばして、女は口を開けてそれを受け入れて、気持ちよさそうにしていた。
「上手」
「……っ、はぁ」
口を半開きのまま、思わず、握られたままの手をぎゅーっと握り返す。
「好き? 俺のこと」
「好感は持ってる」
「そっか」
優しいキスに変わって、どうしていいか分からなくて、泣きたくなる。
「校則、それでも守りますか?」
「うん。ルールは破れない」
「でも好きだしキスはしてくれる?」
「……秘密にして、お願い」
「誰にも言いませんよ。こんな、先輩が可愛いなんて」
気持ちがあふれる瞬間というのは、あっけなくやってくるらしい。
それでも僕は頭が堅くて、どうしても、好きだとかなんとかは言えそうもない。
「……先輩って、ひとりっこだったりします?」
よく分からない質問をして、キスをくれた。
僕は答えられなくて、ぱちぱちとまばたきする。
「誰かに甘えたかったし誰かの面倒見てみたかったんじゃないですか?」
「ん……? まあ、そうかも」
「俺は、先輩のこと甘やかしますし、先輩にわがまま言いますから、どっちも叶いますよ」
耳元に唇を寄せて言った。
「全部叶えてあげる」
ぞわっとして、しかし、それが興奮からきていることにすぐに気づいた。
すがるように佑哉の服のすそを掴んで、綺麗なブラウンの瞳を覗き込む。
何度も何度もキスをしてくれて、それでもやっぱり、交際してはいけないというルールが、僕の本音を縛り付けているように思えた。
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