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3 治外法権

 夏休み前最後の役員会議。  教室に向かって歩いていると、後ろから呼ばれた。 「おーい、広夢」  振り返ると、緑化委員長の飯田。  紙の束を抱えて、顔だけひょこひょこと振っている。 「ずいぶんな荷物だね。どうしたの?」 「なんか、新生徒会がやたら気合入っててさ。用具新しいの買いたいって言ったら、現状あるもののリストと買う予定のものの詳細をプリントアウトして、持って来いって」  年度末の選挙を経て、5月から正式発足した新生徒会。  今回の生徒会長は野心的で、色々改革をしていきたいのだという。  各委員会の委員長以下三役が一斉に揃う、月1回の会議。  全員が席に着くと、書記の女子が、几帳面な文字できょうの議題を黒板に書き出した。 ・各委員会の活動報告 ・予算申請 ・生徒会目安箱から  会議は淡々と進み、一通りの報告と飯田の弁明タイムを終えて、最後の議題に移った。  生徒会長が、ぐるりと教室を見回す。 「目安箱に入っていた意見のひとつに、ニュースで話題になっているブラック校則について、我が校でも見直すべきではないかというものがありました。きょうはそれについて、皆さんから意見を聞こうと思います」  若干どよめく。  僕は内心、頭を抱えた。  どう考えても、風紀委員長の僕がやり玉に挙げられる。  配られた資料には、その要望書にあった『特に見直しをして欲しいもの』が一覧になっていた。 ・自毛チェック ・髪型規定(整髪剤禁止・ポニーテール) ・登下校中の飲食禁止 ・制服姿での寄り道禁止 ・交際禁止  最後の1行に青ざめる。  なんて意見すればいいんだ……。  動揺を悟られないよう、鞄から生徒手帳を出して、現行の校則をチェックする。  当たり前に守ってきたけれど、よく考えたら、意味があるのかなというものもちらほら。  飲食や帰りに用事でどこかへ寄るなんて、むしろ必要じゃないかと思う。 「風紀の佐久間くん、意見もらっていいですか?」  早速名指しだ。  僕は無表情のまま立ち上がった。 「完全に私見になりますが、自毛チェックは差別の可能性がありますし、水分がとれないのは熱中症などにつながるかも知れないので、いますぐ廃止してかまわないと思います。寄り道禁止はアルバイトや塾に通っている人にとっては時間の無駄になりかねないので、見直してもいいと思います。髪型は華美にならなければいいと思いますが、その基準がどこにあるかを決めなければならず、新たな『ブラック』を生む可能性があるので慎重に。それで、交際は……」  一拍置いて、静かに言った。 「これは個人的な感想ですが、人の気持ちを規定する校則に意味はあるのかな、とは思います。僕のいとこは高校から10年付き合って、来月結婚するので」  大嘘だ。そんないとこいない。  僕の発言は、よほど意外だったらしい。  特に女子が色めき立っている。  僕が意見を述べ終えて席に着くと、生徒会長は「ふむ」と言って資料を眺めた。 「先代の会長からは、髪型、化粧、交際については定期的に目安箱に意見が入ると聞いています。で、毎度先生方から却下をくらう、と。でも、佐久間くんのいとこの話はいいですよね。結婚率だの出生率だの騒ぐなら、交際OKにすれば? って思っちゃいました」  にひひと笑う会長が野心的だというのは、よく分かった。  みんなの風向きもなんとなく、交際解禁してくれという感じに見える。 「では、廃止を提起するのが、自毛、飲食、交際。寄り道、髪型は検討をお願いするということにします」  委員会がお開きになった……瞬間。 「佐久間くん超えらい!」 「ゴリ押して! 先生に!」  女子がだんごになって、掴みかからん勢いで押し寄せてくる。 「いや……交渉は僕の役目じゃないから会長に言っ」 「いやいやいやいや、真面目な佐久間くんが言うことに意味がある!」 「交際OKになっても風紀が乱れない方法ウチらで30個考えるからさ!」 「だから僕は、」 「おーい、広夢。帰るぞ」  ありがたすぎる助け舟。  適当にぺこぺこ頭を下げて抜け出すと、飯田はニヤニヤしていた。 「何? 校則至上主義の広夢があんな。さては好きな子でもできたな?」 「できてないよ。ほんとに、ただいとこの顔が浮かんだだけ。そもそも僕は、交際解禁なんてなるわけないと思ってるし。100%無理。あの会長が何に躍起になってるのか、さっぱり分かんない」 「ふーん」  ニヤける飯田は、僕の肩をポンと叩いた。 「でももしそのルール撤廃されたら、広夢の部屋ソッコー侵食されそう」 「何が?」 「葛城くんだよ。モデルと付き合えるかも知んないなんて、部屋の前が告白したい女子で大行列になりそう」 「……なるわけないでしょ。寮生以外はつまみ出されます」  自宅の生徒は寮の敷地にすら入れないし、寮生同士でも、男女別の建物だから、異性は出入りはできない。 「まあ、交際ルールが解禁になっても、オレも広夢も別に影響なさそうだよな」 「自分で言ってて虚しくならない?」 「なるなる。超虚しいしリア充は爆発して欲しいよ。でもさ、窮屈で生徒が不満を溜めてる学校の運営なんてやじゃん」  飯田は廊下の窓からにゅっと首を出した。  花壇のところに、女子がふたり並んでしゃがんでいる。 「あれの片っぽが男だったら、草むしりに強制参加させるね。いいだろ、デートで」 「……まあ、ほほえましいかもね」 「好きな人にお花好きアピールしたい女子もいるかも知んないしさ。緑化緑化」  実は飯田は『植物を愛でる姿が癒される』と女子に密かな人気なのだけど、本人に教えたらつまらないので、黙っている。  交際が解禁されたら、飯田にも春が来るのだろうか。  ……も?  と考えて、思わず赤面した。  何考えてるんだ。飯田に『も』って。  それじゃあまるで、自分には既に春が来ているみたいな。 「ごめん、教室に忘れ物した。またあしたね」 「え? あ、おう。じゃあな」  突然逆方向へ駆け出す僕は、変だったかも知れない。

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