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4 密かな趣味
夏休みに入った。
僕は部活にも入っていないしやることがないので、近所の宅配便センターの短期バイトを始めた。
佑哉は長期休暇がかき入れどきで、撮影が詰め込まれている。
黙ってダンボールを運びながら華やかな佑哉を思い浮かべるとき、やっぱりちょっと、寂しさを感じる。
雑誌の公式YouTubeチャンネルで夏の旅行企画があるらしく、あさってから2泊。
そのあとは、初めてミュージックビデオの仕事をもらったとかで、泊まりではないものの、朝から晩までが何日か。
好きな人が好きな仕事で活躍しているのは、うれしい。
けど、せっかくの夏休みだし、……1度くらいどこかへでかけたいな、とか。
「ねえねえ、佐久間くん」
呼ばれて振り返ると、女の人が立っていた。
バイトリーダーで、たしか、大学生だったと思う。
「佐久間くんって、青花 大附属高校なんだよね?」
「はい、そうですけど」
「あのさ、葛城佑哉くんって、知り合いだったりする?」
慣れっこな話題だ。
当たり障りなく会話を終える方法も知っている。
「あ、すいません。うちの学校かどうかすら言っちゃいけない話題らしいです、それ」
「あっ……、プライバシー的な?」
「はい。すみません」
誰も守ってはいないけれど、実際、そういうお触れ書きだったりはする。
模範解答は『知らないです』なんだろうけど、それでしつこく食い下がられるのは嫌と言うほど経験したので、これがベストだと思う。
そして予想通り、残念そうに去っていった。
はあっとため息をついて、佑哉を思い浮かべる。
僕の他には誰にも見せていない……はずの、人懐っこい笑顔とか。
きょうは、撮影が押しに押したらしい。
入浴時間ギリギリ、カラスの行水で帰ってきた佑哉は、本を読む僕を邪魔しないようにしつつ、やんわりと抱きついてきた。
「先輩、あした用事ありますか?」
「いや、特にないけど。どうしたの?」
「俺もあしたオフなんです。どこか遊びに行きません?」
デート。の3文字が浮かび、恥ずかしくなる。
ちょっと口をつぐんだ僕が何を考えたかは、きっとバレバレだったと思う。
佑哉はクスッと笑って言った。
「先輩の好きなところにしましょう。映画でも食事でも。あ、海とか山とかは、日焼けするとまずいからごめんなさいですけど」
「えっと、じゃあ……」
あさっての方を向き、ポリポリと頭を掻きながら言った。
「ビリヤードがやりたい、かな」
よほど意外だったのだろう。
佑哉は目を見開いた。
「え、なんか、意外。得意なんですか?」
「うん。父親が好きで、子供の頃からよく連れて行ってもらってて。それで……」
目をそらして、左下の床を見ながらつぶやいた。
「キューを構える佑哉、かっこいいだろうなって思って」
「ええ? 友達とちょっとやったことあるくらいなんで、うまくもないし、別にかっこよくはないと思いますよ」
「ううん。多分、かっこいい」
恥ずかしくて顔を見られないでいると、佑哉は機嫌良さそうにふふふと笑った。
「ラウンドワンでいいですか? それともなんか、本格的なビリヤード場とか、おすすめあります?」
「たまに行ってるところが、ここから電車で30分くらいかな。こぢんまりしてて、佑哉が現れても騒ぎにはならないと思う」
「あー……お気遣いありがとうございます」
佑哉は苦笑いする。
その表情がなんだか可愛く見えたけれど――洗いたての髪をなでたいと思った衝動は、抑え込んだ。
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