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 僕がいつも花園(はなぞの)ビリヤードを訪れるのは、佑哉が仕事でいない日だ。  なぜかというと……なんとなく、この趣味が人にバレるのが気恥ずかしかったから。  カッコつけてると思われるのも嫌だし、言ってみれば大人の遊び場なので、そんなところに高校生が出入りしているのもどうなのか、という。  去年のルームメイトの先輩は、ファミレスバイトに生き甲斐を感じているタイプで、平日夜は基本バイト、土日は友達と遊びに出かけるので、そもそもあまり顔を合わせなかった。  なので、花園にも行きやすかったのだけど……。 「そっかあ、俺が夜むぎゅむぎゅしまくってるから行きづらかったんですね」 「むぎゅむぎゅ……? いや、なんとなく、佑哉がいる日に出かけるのは気がとがめるって言うか。ほら、僕は夜が遅いって注意する立場だし」 「えー、ツンデレだなあ。要するに、俺を置いて夜遊びするのがやだったってことでしょ?」 「夜遊びって言うと語弊があるけど。結果的に夜になるだけであって」 「帰ってきて先輩がいなかったら寂死するって理解してくれてたってことですもんね」  否定するのもバカバカしくなったところで、花園に着いた。  コンクリートの耐用年数ギリギリじゃないかみたいな、朽ち果てる寸前の建物。  佑哉は物珍しそうに、ガレージから覗いている。 「こんにちはー」 「あれ、ひろちゃん。友達連れ?」  受付のところでボールを磨いているのは、花園ビリヤードのオーナー・前田(まえだ)さん。  大層驚いているけど、当たり前だ。  知り合いを連れて来たのは初めてなのだから。  前田さんは、元は父の会社の同僚だったそうだけど、20年前に脱サラして花園を作ったらしい。  赤ちゃんの頃からしょっちゅう連れてこられていた僕は、ここの常連の大人に育てられたも同然だ。  というわけで、表情を見るに、友達を連れて来たことをかなり喜んでいるらしい。 「寮のルームメイトです」 「へえ。イケメンだねえ」 「はじめまして、葛城佑哉です」  佑哉はニコニコと愛想よく頭を下げる――6歳から子役で活躍している彼も、大人に囲まれて育ったタイプだ。  必要な道具を受け取り、1番右奥、僕の定位置の台へ。  平日夜は2~3組しかお客さんがいないけれど、夏休みの日曜日とあって、6つの台が全て埋まっている。  ナインボールを真ん中にきっちり揃えていると、佑哉がうれしそうに言った。 「先輩、手慣れててかっこいいです」 「多分佑哉の方がかっこいいよ」  目も合わせずに答えるのは、照れ隠しだからだ。  隣の台の老夫婦は、旦那さんが華麗に最後のショットを決めてみせたのに、奥さんはそっちのけで佑哉を見ている。 「先輩最初やってください」 「……写真撮らないで」 「おでかけの記録じゃないですか」  苦情は受け付けられないらしい。  佑哉は僕の真横でスマホを構えた。  僕はなるべく意識しないよう、キューを構え、台に伏せる。  狙いを定め、ブレイクショット。  コンッという小気味良い音と共に、綺麗にボールがばらけた。 「うわ……先輩かっこよすぎ」 「ほめても何も出ないよ。ほら、佑哉の番」 「どうやったら真っ直ぐ打てます?」  露骨にニヤニヤしているし、顔には『手取り足取り腰取り教えてください』と書いてある。  とはいえ僕も、こういうことがしたくて来た気もするし……ということで、佑哉の背中側に回り、ほぼ抱きつく形で手を重ねて構えた。 「えっ」 「このまま真っ直ぐ引いて、真っ直ぐ打つ。力は要らないから、軽くね」  真顔のフリをして、内心ドキドキしている。  佑哉は僕のまさかの行動に驚いているようだったけれど、すぐにニンマリして言った。 「ビリヤード、大好きになりそう」 「1発打ってみてから言う発言だと思うけど」  僕は台をぐるりと回り、佑哉の視線の先に立った。  思った通り、ボールに狙いを定めて構える佑哉は、眉と目の距離がゼロミリでかっこいい。  惚れ惚れしながら見ていると、記念すべき第1球は、わずかに軌道を外したものの無事当たった。 「当たった!」 「すごいすごい」  素朴な反応が可愛い。  僕はなんだか本気を出してしまって、ワンショットでボール3つをポケットに入れた――結局好きな人の前でカッコつけたいのだから、自分は単純だなと思う。 「先輩、かっこいい。好きです」 「ちょっ、」  慌てて見回すと、他の人はプレーに夢中だし、前田さんは事務所に引っ込んでいるようだった。  何でも器用な佑哉はやっぱり飲み込みが早くて、3ゲームが終わる頃にはかなり上達していた。 「なんかハマりそう。すごい楽しいです」 「ビリヤードは奥が深いよ。ただの玉入れに見えるけど、打ち方も、相手の陥れ方も、追求すると沼にはまる」 「また連れて来てください」  何だか、心の中の重要なところを見せた気がする。  恋人にしか知り得ない、僕の密かな一面。  ……いや、僕の隠れた面を知ることに、さしたる価値はないだろうけど。 「あー。なんかすごい優越感です。先輩のこの趣味知ってるのって、俺だけなんですもんね? 心を許されたような、俺だけ特別扱いされてるような」  特別。いや、そりゃそうでしょ。  そうでもなければ、あんなことしない。  ……と、あられもない想像をしそうになって、慌ててかき消す。  煩悩を消すべく、難しい位置のボールを狙う。  台の端に半分腰掛けるように乗って構えたら、ついに佑哉の「先輩、好きすぎる」という言葉が、隣のおばあちゃんに聞こえてしまった。

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