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7 人質

 11月も半ば。  夕食に向かう途中、きょうは木枯らし1号が吹いたと、ロビーの共用テレビから聞こえてきた。  佑哉は仕事だけど、帰ってきたらきっと、『寒い寒い寒い』と言いながら、僕に抱きついてくるだろう。  ……なーんてことを考えて会いたくなってしまうのだから、自分は乙女チックな思考なのかなと思ってしまう。  マガジンラックには、今月の『men's AS』。  佑哉が専属モデルを務める中高校生向けファッション雑誌で、毎号、佑哉の登場ページには付箋がついている――誰がつけているのかは知らないけれど。  1年生が手に取り、長椅子に座るふたりの元に歩み寄った。  仲良さげにパラパラとめくって、ため息をつく。 「はー……いいなあ、葛城は。イケメンに生まれたかったよ」 「やっぱ彼女いるのかな、モデルとか女優とか」 「いるに決まってんだろ。あーうらやましー」  僕はそそくさと通り過ぎる。  佑哉は女性の芸能人とは一切連絡をとっていないし、……付き合ってるのは僕だ。  それに、モデルだからって、いいことばっかりじゃない。  苦しいこととか、犠牲にしていることとか、色々、色々。  分かりっこないなと思いながら歩いていると、図体のでかいのに真正面からぶつかった。 「わっ、ごめんなさい」  見上げると、同じクラスの香川(かがわ)くんだった。  ラグビー部の2年生だ。 「おい佐久間。ちょっとこっち来い」 「えっ?」  強引に手首を掴まれ、廊下の物陰へ。  そのまま裏口まで引っ張られて、無理やり外に出された。  待っていたのは、同じくラグビー部3人。  嫌な予感がする。 「よくもまあチクってくれやがったな」  軽く押されただけで、壁に背中を打ちつけられてしまった。  体勢を崩したけれど、肩を掴まれ無理やり立たされた。  チクったというのは、2日前、香川くんたちが部室で喫煙をしていることを知った僕が、先生に通報したのだ。  4人はいま、部活動謹慎中である。 「てめえのせいで……」 「僕のせいじゃなくて、タバコを吸ってた自分のせいでしょ」 「うっせえ!」 「痛……っ」  思い切り脇腹をけられて、そのまま地面に倒れ込んだ。 「……こんなことして、バレたら謹慎どころじゃなくなるよ。当然、僕は言うし」 「葛城」 「……え?」 「お前が誰かにチクったら、俺たちは退部になるだろうが、そしたら腹いせに葛城を殴る。商売道具のお顔をな」  サッと血の気が引いた。  要求を飲まないと、佑哉に危害を加えられてしまうかも知れない。 「撤回してこい。タバコは吸ってなかった、僕の勘違いでした、と。んで、部活復帰させろ」 「……あれだけ証拠が出揃って先生たちも確認してるのに、いまさら無理だよ」 「お前が置いていったことにでもすればいいだろ! 委員長の手柄が欲しかったとかなんとか言え!」 「そんなの……、痛っ、……ッ、ゴホッゲホッ」  倒れたままの僕に、4人がかりで蹴られて、ほぼリンチだ。 「分かったな? あしたの朝イチに言えよ」 「……」 「返事しろ」 「……」 「てめえ!」  散々に蹴られて、解放されたのは30分後だった。 「せーんぱい、エッチしたいです」 「えっ、と……」  門限ギリギリに帰ってきた佑哉は、そう言って僕の前に身を乗り出してきた。 「……いや、ごめん。ちょっと気分じゃなくて」  佑哉は丸く目を見開く。  驚いて当然だ。  僕がお誘いを断ったのは、初めてだから。 「あの、大丈夫ですか? 体調悪い?」 「ちょっと。でも寝たら治ると思うから。ごめんね」  顔や腕など、見えるところは全然やられなくて、その代わり、服で隠れる胴体から太ももあたりまでは、打撲痕だらけ。  骨が折れなくてまだ良かったと思う。 「じゃあ、せめてぎゅーは?」 「……うつしちゃうと悪いから。ごめんね」  僕は笑顔を作って佑哉の頭をなで、そそくさと布団に入った。 「きょうはベッドも別にしよう?」 「先輩の風邪ならもらっても平気ですよ。うつしたら治るって言うし」 「ダメダメ。あしたも撮影でしょ?」  あした……の朝。  僕は、やってもいない罪を被らなくちゃいけなくなる。  辛くて悲しくて不安で泣きたくなるけど、佑哉に何かあったらと思うと、従うしかない。  ズキズキと痛む脇腹にちょっと手を添えながら思う。  ヒビくらいは入ってるかもな、とか。 「ねえ、先輩」 「痛っ」  肩に触られて、思わず漏らしてしまった。  慌てて口を押さえたけど、後の祭りだ。 「……先輩、服脱いでください」 「ごめんね。きょうは本当に」 「そういうことじゃなくて」  佑哉は有無を言わさず布団をはぎ取り、僕のトレーナーをめくった。  あざだらけの上半身を無表情で凝視したまま、黙っている。 「……誰にやられたんですか」 「転んだ」 「なわけないでしょ」  低くうなるように言った佑哉は、怒っているような、泣きそうなような顔をしていた。 「誰にやられたんですか」 「言いたくない」 「なんで? 俺には何でも言うって約束してくれたじゃないですか」 「誰にでも他人に言いたくないことはあるでしょ」  他人、という言葉を使ったことに、軽く後悔をする。  でも、そうでもしないと佑哉は引き下がらないと思った。 「……やっぱり俺のせいですか」 「違うよ、転んだんだって。でも状況は言いたくない。まぬけすぎて恥ずかしいから」 「分かりました、もういいです」  佑哉は怒って、2段ベッドのはしごをのぼっていった。  そしてすぐに、声を殺して泣いているのが聞こえた。  風紀委員長なんて、憎まれ役なのは仕方ないと思っていたけど、関係ない人まで巻き込んでしまうなんて。  こんな暴力はやればやるほど立場が悪くなるのだから、復讐なんてバカな真似に走る奴なんていないと思っていたのに……。 「佑哉、ごめんね」  声をかけても、ぐずぐずと泣く声は止まらない。  僕も泣きたくなってきて、布団をすっぽりかぶった。  こんなに全身痛くて、眠れるだろうか。  熱も上がってきている気がするし。  寝返りを打つと痛いから、仰向けのままじっと眠気が来るのを待つ。 「先輩」  涙声で、ぽつっと呼ばれた。 「ひとつだけ教えてください。先輩は、俺のこと好きですか」 「好きだよ。大好き」 「うん」  それきり佑哉は、何も言わなかった。

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