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 結局一睡もできないまま、朝を迎えた。  時刻は6:20。起きあがろうとして、痛みに顔を歪める。  気配に気づいたのか、佑哉が降りてきた。 「おはようございます。大丈夫ですか?」  怒ってはいなさそう。  むしろ、心配でたまらないというような表情だ。 「ごめんね、気遣わせちゃって」 「もうすぐ医務室が開きますから、一緒に行きましょう」 「え? いや、いいよ。僕きょう、どうしてもやらないといけないことが……」 「別にあしたでもいいでしょ?」 「いや、きょうの朝〆切で」  佑哉ははあっとため息をついて、僕の隣に腰掛けた。 「起き上がれますか?」 「うん」  起きあがろうとするも、痛くて顔が歪んでしまう。 「病院行かないとダメですね」 「でも……」 「ねえ、本当に、何を隠してるんですか? それだけ隠すってことは、やっぱり俺のせいなんですよね?」  何も言えない。  起き上がるのあきらめて丸くなり、目をつぶる。 「先輩、そんなところでかっこつけなくていいですよ。俺だって子供じゃないし。……いや、子供っぽいのは知ってますけど」  そっか。僕はかっこつけてたのか――  張り詰めていたものが、そんなひと言でふわっとほどける。  僕は泣かないよう、目をつぶったまま佑哉の手を探り当てて、軽く握った。  そして、ぽつぽつと話し始めた。  匿名のタレコミでラグビー部員の喫煙を知り、通報したこと。  突然取り囲まれて、脅されて、蹴られたこと。  従わなければ佑哉に危害を加えると言われたこと。 「……でも、証拠がないんだ。香川くんたちにやられたっていうのが、証明できない」 「そんなの、事情を話せば分かってくれますよ」 「中途半端にして佑哉に何かあったら、耐えられない。確実に退学になってもらわないと困る」  そう。やるからには、退部なんて生ぬるいものじゃなくて、本当に僕たちの目の前から消えてもらわないと。 「じゃあ、言わなければいいですよ。それで俺が襲われたら証拠ゲットじゃないですか」 「佑哉が怪我したら意味ない。却下」 「やだ」 「ダメだよ」  僕は顔だけ傾けて、ゆるりと目を合わせた。 「佑哉は、ちょっとでもトラブルがあったら面白おかしく書かれちゃうんだから。もしその方法で退学にさせたとして、相手は何て言うと思う? 佑哉が一切手出ししてなくても、殴られただのなんだの好き勝手言うよ」  佑哉は泣きそうな顔でうつむいた。 「……でもやっぱり、先輩がそんな、やってもいないこと言わなくちゃいけないなんておかしいです」  押し問答。  お互い相手のことを考えているからこそ、どれだけ言い合っても意見が噛み合わない。 「ほんと、もう行かないと。授業前に……っ、て……」  ぐにゃりと視界が歪む。脂汗がにじむ。 「ちょっと、先輩!?」  本当は気づいていた。  骨か内臓かは分からないけど、お腹の中が痛い。 「……っ、そういうわけだから、」 「絶対動いちゃダメですよ!」  待ってと言ったのは、佑哉の耳には入らなかったと思う。  佑哉はバタバタと部屋の外へ出ていった。  僕はあきらめて、ふーっと長く息を吐きながら、目を閉じた。  佑哉の名前を出されて、すっかり冷静さを欠いて、ひとりで全部抱え込まなきゃいけないような気持ちになってしまった。  よく考えなくても、あの場で大声を出すなりなんなりして、誰かを呼べば良かったんだ。  ひとりでどうにかしようとして、結局佑哉に心配をかけて、多分学校全体で大問題になるだろう。  何人かの足音が聞こえて、部屋のドアが開いた。 「佐久間くん、大丈夫!?」  医務室の先生と、寮長。  もう虚勢を張っても意味はないなと思ったので、正直に言った。 「右の脇腹と……中の方も、痛いです。あと、寒い」  医務の先生が服をめくり上げる。  昨晩よりだいぶ変色した打撲痕を見て、早口に言った。 「救急車呼んでください」  いまさらになって、一晩寝ていないのが効いてきたのか。  意識が朦朧とする中、悪い想像ばかりしてしまう。  ラグビー部は活動停止、4人は退学処分。  学校がマスコミ向けに謝罪会見を開いてニュースになり、葛城佑哉の学校らしいという噂から尾ひれはひれがついて、おしゃべりな生徒たちが嬉々として『殴られたのは葛城佑哉のルームメイトだ』と他校の友達に話し、聞きかじった人が、トラブルの原因は佑哉らしいとSNSに書いて……。  あながち、間違った妄想ではないと思う。  僕は近くの総合病院へ運ばれ、検査入院になった。  スマホは部屋に置きっぱなしだし、生徒の個人的な面会はできないから、佑哉がどうなったのかは分からない。  全ての検査が終わった夜、僕は、看護師さんに付き添われてナースステーションの前にいた。 「――別に、わざわざ帰ってこなくても大丈夫だよ」 『そういうわけにいかないわよ。オンラインでチケット取るから、あしたの夕方には成田に着くわ』 「ほんとに大丈夫。母さんが病院に来ても、世話することもないし意味ないから」  ドイツ、ベルリンからの国際電話。  僕が寮生活をしているのは、両親が海外で仕事をしているからだ。  車いすの上でぐったりしながら、心配する母をなだめる。 「校長先生から呼び出されるんだったらそうしてもらえるとありがたいけど、多分、ドイツから来いとは言わないでしょ」 『……また連絡する』  母は憮然として電話を切った。  傍にいたナースさんに、電話を返す。 「お母さん、なんて言ってた?」 「帰国するって言ってましたけど、仕事柄無理だし、僕も別に必要ないんで、断りました」 「顔見たら安心するんじゃない?」 「いや、顔見るためだけに飛行機で14時間って、どう考えても無駄なんで」  お腹の中に痛みを感じていたため、内臓の出血が心配されていたけれど、超音波検査の結果、問題なかった。  骨も異常なしだったので、浅いところの内出血で済んだようだ。  もし肝臓や膵臓にダメージがあったら、一晩おいたのが致命傷で、最悪、出血多量で内臓破裂を起こしていた可能性もあったらしい。  ……佑哉には言わないでおこう。  怒って寝てしまったことを悔やんで、自分を責めるだろうから。  一応異常はなかったけど、普通に歩くだけでも痛いので、安静のために3日ほど入院する。  佑哉には、ひと言『大丈夫だよ』と言えればそれだけで十分なのに……何も知らせられないせいで、僕も彼も、きっと不安が膨れ上がる。  僕も、たったひと言、『寂しいです』とかなんとか言ってもらえれば、それだけで十分なのにな。

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