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「俺、自然と周りに人が集まってくる先輩のこと、すごい尊敬してるんです」
事後のだるさのまま寝転がっていると、佑哉がぽつっと、そう言った。
僕は首をひねる。
「人気者は佑哉の方でしょ?」
「内面で人望に厚い先輩と、モデルだからって理由で人が寄ってくる俺とじゃ、全然違います」
いや、違う。そうじゃない。
モデルとして人気なのは、佑哉の努力の結果だ。
事実をそのまま告げると、佑哉はなんだか、必要以上に照れていた。
「……大好きな人に頑張ってることを認めてもらえるの、すごいうれしいです」
はにかむ佑哉が可愛くて、僕はそっとキスをした。
「僕も佑哉のことが大好きだよ」
「顔赤いですけど」
「……そういうの言わなくていいから」
恥ずかしくなって寝返りを打とうとしたら、一番痛かった右脇腹を布団の段差に押しつけてしまい、思わず小さくうめいた。
佑哉は眉尻を下げて、申し訳なさそうに言う。
「引っ越しは全部俺がやるんで、先輩は何もしないでくださいね」
「いや、梱包まで全部お任せパックを頼んでくれたみたいだから、僕たちがやることはゼロ」
「……学校、必死ですね」
「こんなことで揉み消せるなら、ってことでしょ」
まあ、文字通り体を張ったけど、ふたりで平和に過ごせる環境が手に入ったなら、それでいいと思う。
それに、自分で言い出したくせに……ふたり暮らしということに、ドキドキしてしまっている。
いままでは寮のバイキングだったけど、これからは、ふたりでごはんを作って食べたりするわけで。
お風呂もそう。寝るときもそう。
寮費が全額返ってきて、まとまったお金をもらったから、タンスとかはケチって、ふたりで眠れる大きなベッドを買う予定だ。
「先輩と、普通にただ触れ合ったり、こんな風にまったりするの、好きなんですよね」
指を絡めて、愛しそうに目を細める。
そんな佑哉の顔が綺麗すぎて、なんだか現実感がない。
よくできたドラマなんじゃないか、とか。
いや、自分をドラマの登場人物だと思うなんて、おこがましいけど。
時刻はまもなく21:50。
お風呂に行かないとまずいな……とぼんやり考えた、その時。
――コンコン
部屋のドアがノックされて、慌てて飛び起きた。
「……っ、痛ぁ……」
思わず小声で漏らしながら、床に落ちたズボンを慌てて拾う。
そしてそのまま布団に潜り込んだ。
ちゃんと服を着ていた佑哉が、ドアのそばまで寄る。
「はーい?」
「2年の飯田です」
布団の中でもぞもぞと履いていると、ドアが開く音がした。
「こんばんは。広夢、話せる状態?」
「あ、さっき寝ちゃったところなんですけど、起こしたら話せると思いますよ」
布団をかぶったまま、タヌキ寝入りを決め込む。
足音が近づいてきて、僕の顔の横でしゃがんだ。
「あの、飯田先輩が来てるんですけど」
「……ん」
下手くそな演技で寝ていたふりをしながら、もぞりと寝返りを打つ。
普通に痛い。
佑哉はちょこっと布団をめくった。
「飯田先輩が話したいみたいなんですけど」
「……入ってもらって」
起き上がると、心底心配そうな顔の飯田が、ひょこひょこと部屋に入ってきた。
「あの、大丈夫? メンタル」
「あー……飯田も見てたの? 会見」
「当たり前だろ、自分の学校のことだし。……で、広夢、大丈夫かなって。葛城くんも」
佑哉はちょっと目を丸くしたあと、小さく首を横に振った。
「いえ、自分は何も被害受けてないですし」
「でも君、責任感強そうだしさ。広夢が怪我したの、自分のせいとか思って責めてないかなって。んで、それを広夢が気にしてそうだなと」
佑哉は子犬みたいな顔で、僕をチラチラ見ている。
どう答えていいのか分からないのだろう。
僕はちょっと肩をすくめて答えた。
「佑哉にはかなり心配かけちゃったけど、僕は平気。ありがとう」
「自分も大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
佑哉が行儀良く頭を下げると、飯田はへへへと笑った。
「ならよかった。けど、会見の内容は酷かったな。友達がやられたからってのもあるけど、それ抜きにしたって酷い。言い訳オブ言い訳オンザ言い訳って感じだったじゃん」
「まあ、保身はあるのかなって感じはしたけど。でも突っ込んで深く話しちゃうと、個人攻撃になっちゃうし。仕方なかった面もあると思うよ」
「はー、人間できてんなあ、広夢は」
「そうですね。人として尊敬してます。自分は、毎日、広夢先輩のこと、間近で見てるんで」
僕は初めて、モデルの全力スマイルの威力を知った。
……そんなにムキにならなくても。
それに、広夢先輩なんて初めて言われた。
飯田相手に対抗心をメラメラ燃やしているのは、どう見てもひとり相撲だ。
けど、見ていて癒される。可愛い。
そんな佑哉の威嚇をよそに、案の定飯田は、のんきに答えた。
「葛城くんは運がいいと思うなー。広夢ってハッキリもの言うし、でも優しいし、暮らしやすいだろ?」
「はい。実は俺たち、来月には寮を出て一緒に暮らすんですよ」
「へー……、えっ!?」
飯田の声が裏返る。
僕は額に手を当て、うつむいた。
「え!? どういうこと!?」
「そのまんまです。場所がどこかは言えないんですけど、広夢先輩とふたり暮らし」
「佑哉、先生の正式発表まで口外しちゃダメって……」
「もう、頭が堅いなあ。1番仲良い飯田先輩にまで内緒なんて、薄情すぎますよ」
「えっ? えっ? どゆこと? ちょっと、説明しろ!」
どう見ても自慢したいだけだ。
でも言っちゃったものはしょうがないし……まあ、佑哉の言うことも一理あるので、渋々答えることにした。
「今回、佑哉が人質に取られるみたいな感じで僕がやられたでしょ? そうなるともう、佑哉を寮に置いとくのはトラブルの種だしリスクしかないし、外に住んでくれってことみたい。でもほら、モデルがひとり暮らしなんかしたら、それはそれで女の子連れ込んだり風紀の乱れがあるかも知れないでしょ? だから僕が槍玉に上がったってわけ。いまままで通り、監視役」
自分でも呆れるくらいすらすらと、取ってつけた理由を述べる。
しかし飯田はただのいい奴なので、ふんふんと聞き、すぐに納得した。
「大変だなあ。追い出されるみたいで、葛城くんかわいそう」
「しょうがないです」
「広夢も、なんかあったらいつでも言えよ? あ、でも、どこに住んでるか言っちゃダメなのか」
「そうなんですよ。広夢先輩と俺のふたりだけの秘密で」
いい加減恥ずかしくなってきた。
僕は咳払いをして、飯田の方へ向き直った。
「僕は特に落ち込んでもいないし、大丈夫。お気遣いありがとう」
「飯田先輩、そろそろ22:00ですよ」
「うわ、やばいやばい。遅くにごめんな、顔見たら安心した。じゃ、またあした!」
嵐の如く、飯田は去っていった。
そして僕は、お腹を抱えて笑った。
「何、佑哉。やきもち焼いたの?」
「まあ……そうです」
バツが悪そうに目をそらす佑哉の頬を、両手ではさんだ。
「子供みたい。可愛い」
「だって先輩は俺のです」
「大丈夫。僕は佑哉のものだよ。僕のことを1番知ってくれてるのは佑哉だし、秘密のふたり暮らし、するんでしょ?」
「だから先輩、言ってることと態度が違いすぎて……」
佑哉の髪をもふもふとなでる僕はきっと、先輩の余裕も威厳もなく、耳を赤くしているのだろう。
どうせ下手だよ、かっこいいこと言うとか。
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