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8 秘密の生活
12月。定期テストが終わった。
そして僕たちは、いよいよ引っ越しをすることになった。
万が一誰かについて来られると大変ということで、早朝に寮を出て、ファミレスで数時間つぶして、指定された住所へ向かった。
「先輩……これですか?」
「そうみたいだね」
駅前の9階建てマンション。
24時間常駐のコンシェルジュとオートロックで、セキュリティは万全。
モダンな建物を見上げて、ぽかんと口を開ける。
「すごい。高待遇すぎません?」
「まあ、誓約書まで書かされたし」
家賃食費光熱費タダでここに住まわせてもらえる代わりに、事件のことは一切口外しない、部屋に家族以外呼ばない、そして転校もしない……という約束になっている。
最上階角部屋の906号室は、2LDKに広いバルコニーがついた、豪華な部屋だ。
ちょっとイスとテーブルを置いて、星空を見たり、花火をするくらいはできそう。
「あと15分くらいで着くみたいです」
「ありがたいね」
家族以外呼べないということで、佑哉のいとこの小西さんが、荷解きの手伝いと、買い出しのために車を出してくれることになっている。
僕も佑哉も料理はしたことがないから、調理器具とかお皿とか、何を買ったらいいのかさっぱり分からない。
「辰哉はひとり暮らし長いんで、色々教えてくれると思います」
「仲良いんだね、歳離れてるのに」
「実質、兄貴なんで」
10歳年上の小西さんは、子役で忙しく友達と遊べない佑哉を心配して、月に何度も遊びに来ていたらしい。
――ピロリ、ピロリ、ピロリ
エントランスの呼び出し音だ。
佑哉がインターホンのモニターをつけると、スラリとした立ち姿の小西さんが、ニコニコしているのが見えた。
『ひらけ、ゴマ』
「……はい、開けたよ」
佑哉ははあっとため息をつき、頭をポリポリと掻いた。
「ほんと、子供っぽい。失礼なことしたらすいません」
「いやいや、手伝ってもらえてありがたいんだから」
再びインターホンが鳴り、ドアを開けると、「やっほー」と食い気味にあいさつする小西さんが、部屋に入ってきた。
会ったときは警戒しすぎていて気づかなかったけど、よく見ると、どことなく佑哉と雰囲気が似ている気がする。
「引っ越しおめでとう。って、しまった、冷蔵庫はまだか」
小西さんの手には、ケーキ屋の袋がぶら堤がっている。
「ナイフもフォークもないよ」
「あらら。でもまあ、これだけ寒いし、小一時間ならベランダに置いておけば大丈夫かも」
「えー、カラスに狙われない?」
本当に、兄弟みたいだ。
僕に甘えてくる佑哉はいつもリラックスしているけど、小西さんに見せる面はまた少し違って、文句を言いながらもくっついて回っている、小さな子供のような。
「佐久間くん。怪我の具合はどう?」
「もう平気です」
「なら良かった。佑哉のこと守ってくれて、ありがとうね。それに、一緒に暮らすことにしてくれて」
「いえ。巻き込んじゃったのは僕ですし、寮を出るっていうのも、僕が……言い出したことなので……」
答えが尻すぼみになっていく。
チラッと表情をうかがうと、小西さんはニッコリ笑って言った。
「辰哉でいいよ。高校生同士でふたり暮らしなんて大変だろうし、呼んでくれればすぐ来るから」
「ありがとうございます。えっと、辰哉さん」
「辰哉はちょっとムカつくけど、頼れるのは確かなんで。こき使ってください」
似たような笑顔でニコニコ笑う佑哉は、なんと言うか……気さくなお兄ちゃんを自慢したくて仕方がない子供にしか見えない。
「さて、ケーキが溶ける前に、買い出し行きますか」
辰哉さんは、デニムの後ろポケットから、ルイ・ヴィトンのキーケースを取り出した。
近くの大型家具店で、巨大カートをガラガラと押しながら、次々とものを入れていく。
「先輩、夫婦 茶碗にしません?」
「え? いや、いいけど……」
辰哉さんが見ていないか、ヒヤヒヤしてしまう。
幸い、辰哉さんはフライパンを厳選していたところで、聞こえていないようだった。
佑哉は見ていて恥ずかしくなるくらい浮かれていて、でも僕も本当は、同じくらい浮かれている。
好きな人と、『同棲』なんて。
「引き出しは多すぎると逆に物が増えてぐちゃぐちゃになるから、シンプルなのがいいよ」
「はーい。辰哉んちみたいな汚部屋になりたくない」
「何、いつもくつろいでるくせに」
ふたりのやりとりは微笑ましいのだけど、一方で、内心早く帰らなければと焦っていた。
頼んだ大型の家具が届くのが、15:00~16:00の時間帯。
それを絶対に辰哉さんに見られたくない。
なぜならば、ベッドが……。
「よし、必要なものはひと通り揃ったかな。お会計しますか」
「先輩はもう平気ですか? 買い残しとか」
「大丈夫。さくっと支払ってくるから、待ってて」
カートを奪い、レジの列へ。
後ろでは、佑哉と辰哉さんが和やかに話している。
そして佑哉が、のほほんとした声で言った。
「ケーキ、大丈夫かなあ」
瞬間、僕はサーッと青ざめた。
すっかり忘れていた……ベランダに置いてきたケーキのことを。
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