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マンションに帰ってすぐ見てみると、12月のベランダに置いた保冷剤入りのケーキは、全く溶けることなく無事だった。
3人で手分けして、真新しいフォークやお皿を、これまた買ってきたばかりのスポンジと洗剤で洗う。
手際がいいと辰哉さんに褒められたけど、そうじゃない。
ただ急いでるだけだ。
相変わらず佑哉はのんびりしていて、多分、事のまずさに気づいていない。
まだテーブルもないので、殺風景なリビングの床に座ってケーキを分けていると、頭の上から佑哉の声がした。
「紅茶淹れました。ちゃんとできてるか分かんないですけど」
ぱっと顔を上げると、佑哉がお盆を持っていた。
はにかむ表情は可愛いし、気を利かせてくれたのはうれしいけど……まったりするような雰囲気はまずい。
追い払うとまではいかないけど、きょうのところは、辰哉さんには早めにお引き取り願いたい。
隙を見て、佑哉にちゃんと言えばよかった。
「さ、食べましょ食べましょ」
軽くはしゃぐ佑哉にせっつかれて、ケーキを頬張った。
うん、おいしい。紅茶もよく合う。
時刻は14:59で、まあ、どれだけかかってもケーキを食べ終わるのなんて15分以内だろうし、荷物だってそんなにすぐには――
――ピロリ、ピロリ、ピロリ
「え!? あ! 僕出るよ!」
クラウチングスタートのごとくインターホンにダッシュすると、不幸なことに、運送会社の人だった。
背後には、巨大な段ボールが見える。
渋々通すと、ふたりがかりで荷物が運ばれてきた。
段ボールを指差しながら、辰哉さんが尋ねた。
「おー、これ何?」
「ベッド」
「はーん、ずいぶんでかいの買ったんだなあ」
「そうそう。すごいでしょ、セミダブル」
「寝具は大事だからねえ」
感心する辰哉さんに、運送会社の人が声をかける。
「組み立て作業に入りたいのですが、どちらの部屋に設置しますか?」
「あ、僕は家主じゃないんで。えーと、佑哉、どこ?」
「右の部屋にお願いします」
せっせと運ぶふたりを見ながら、辰哉さんが首を傾げた。
「……あれ? 1台?」
瞬間、佑哉が大きく目を見開き、ばっとこちらを振り向いた。
僕はうつむいて、力なく首を横に振る。
佑哉はしどろもどろになりながら答えた。
「あー……、大きいの買っちゃったから、1台しか入んなくて」
「は? ふたりで寝んの?」
「うーん、まあそうなるかな。あはは」
見ていられない、いたたまれない。
トイレに逃げようとした瞬間、辰哉さんは「ふーん」と言ってニヤニヤした。
「……なるほどねえ。やっぱり佐久間くんは、ただ者じゃなかった。先生言いくるめちゃったんだ」
「え、いや、なんのことですか?」
「慰謝料代わりに、佑哉とふたり暮らししたい~って?」
……さすが週刊誌記者。
勘が冴え渡りすぎて、僕はもう、完全降伏することにした。
「はい、そうです。佑哉は寮を出たほうがいいと思いましたし、でも一緒に暮らせないのは嫌なので。事件について他言しないことと交換条件で、佑哉とふたりで住みたいって……」
「えらい!」
「は!?」
顔を上げると、辰哉さんはニコニコしながら佑哉の頭をなでていた。
「そんな捨て身の作戦で佑哉と住むことにしてくれて、ありがとう」
「え? いや……」
もしかして、付き合ってることには気づかれていない?
と思ったが、そんなわけなかった。
「佑哉はねえ、真面目だから。好きな子ができたなんて聞いたことなかったし。こんな風に佑哉のことを大事にしてくれる人が現れて、お兄さんはうれしいよ。なあ、佑哉?」
「う……、だ、誰にも言わないでね?」
「あはは、言わない言わない」
僕はいよいよ恥ずかしくなって、地面に座り、ひざを抱え込んだ。
絶対耳が赤い。
「でもね、佐久間くん。ラグビー部のことで佑哉を守ってくれたのは本当に助かったけど、でも、君ひとりが傷つく必要はないんだよ? 好きなら、お互い頼らなくちゃ。そこは、先輩とか後輩とか関係ないんだから」
そっと顔を上げると、辰哉さんは穏やかに微笑んでいて、佑哉はその横で、真っ赤になりながらそっぽを向いていた。
「っというわけで辰哉。空気読んで」
「はいはーい。幸せそうで何より。ごちそうさまです」
「あ、あのっ。辰哉さん。ありがとうございました」
「困ったらすぐ呼んでね。それじゃ」
ひらひらと手を振り、辰哉さんは帰っていった。
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