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9 けんか

 一緒に暮らし始めてから、佑哉のじゃれつき方が半端なくなった。  いや、恋人だし、家でならいくらでもどうぞと思う。  問題なのは学校だ。  忘れてもらっては困るけれど、青花大附属高校の校則は、『交際禁止』。  だから、学校の敷地内ではちゃんと風紀を守って欲しいと、何度も言っているのだけど……。  帰りのホームルーム終わり。  委員会の書類を出しに職員室へ向かっていると、階段の上から大声で呼ばれた。 「せんぱーい!」 「……ああ。どうしたの?」 「いや、話したくって」  ニコニコする佑哉とは対照的に、僕は眉間にしわを寄せて見上げる。 「学校ではあんまり話しかけないで」 「えー、寂しい」 「…………家に帰ったらいっぱい話せるでしょ。じゃ」  変な雰囲気になる前に退散。  前方にクラスメイトを見つけたので、駆け寄って声をかける。  ちらりと振り返ると、佑哉は踊り場で棒立ちになって、少しむくれている。  しかしすぐに誰かに声をかけられて、笑顔で対応していたので、そのまま僕は階段を降りた。  無事書類を出し昇降口に向かっていると、生徒会長が、「よう」と片手を挙げてあいさつしてきた。 「佐久間くん、いま暇?」 「……? もう帰るだけなので、予定はないですけど」 「じゃあ、少し話付き合ってくれない?」  にひひと笑う、会長こと笠原(かさはら)先輩が、僕は苦手だ。  どうにもこうにも調子が良くて、器用に大人数の同意を獲得しながら、割と自分の都合よく物事を進めるタイプ。  求心力があるとか言えばいいのかも知れないけど、なんというか、僕の認識では、ただただうさんくさい奴……としか。  気乗りしないまま、再び階段を上がって、生徒会室へ。  中には誰もいなくて、僕たちは向かい合って座った。 「佐久間くんさ、来年、会長やらない?」 「えっ? いや、それは考えてないです」 「もし立候補するなら推薦するよ」  そんな、フレンドリーな感じで言われても。  副会長をどうにかしてやれよと喉のギリギリまで出かかったものを、無理やり飲み込む。 「来年は委員会活動はしないです。受験に専念したいので」 「内部進学なら生徒会長は最高だけど」 「気が早くないですか? 選挙は3月ですよ?」 「誰かに推されちゃう前に、ね」  なるほど、と、内心ため息をついた。  会長の最後の大仕事は、次期会長を推薦すること。  そしてそれは、メンツの闘いでもある。  生徒会に立候補する際は、必ず先輩の推薦が必要だ。  多くは、自分が所属する部活の部長や、委員長、1年生の場合は中等部時代の知り合いの先輩に頼んだりもする。  総選挙では推薦人のスピーチもあるので、頼まれた先輩の方としても、卒業前最後の目立つチャンス。  自分が推した後輩が当選するか――当たれば株が上がり、落ちれば共に負け犬。  実にくだらない。そんなものに、利用されたくはない。 「いまの生徒会役員の中から推薦した方がいいんじゃないですか?」 「いやあ。まあ、それでもいいんだけど……ぶっちゃけ、佐久間くんが立候補しちゃったら、俺が誰を推そうと勝ち目ないからね。するつもりなら俺にやらせて? ってこと」 「立候補はしないです」  短く告げると、会長は、はーっと長くため息をつく。  そして、半笑いで頭を掻きながら言った。 「まあ君は頭いいし、俺が何を言いたいかなんて分かってると思うけど……一応、逆の説明もするね。佐久間くんが立候補したら、推薦人がショボくても当選しちゃう」 「大丈夫ですよ、絶対に立候補はしません。どうぞお好きな方を推薦してください」 「そう。分かった。時間取らせて悪かったね」 「いえ」  静かに席を立つ……前に、ひとつだけ、お礼はすることにした。 「あの、退寮のとき、ありがとうございました。おかげで平和に暮らせてます」 「ならよかった。あ、もしも葛城くんが役員に立候補するつもりなら、それはそれで教えて欲しいな」 「しないと思いますよ」  ラグビー部の記者会見の翌週、全校集会で、会長が釘を刺してくれたのだ。  ――今回、巻き込まれる形で無関係の生徒が退寮になりますが、これはラグビー部の問題だけではなく、特定の生徒のプライバシーをないがしろにした皆さんのせいでもあります。よく反省してください  この発言のおかげで、僕は佑哉と平和に暮らせて、会長は佑哉ファンの女子から評判がうなぎのぼりで……ウィンウィンだから、お互い利害が一致してよかった。 「では、失礼します」  軽く頭を下げてドアを閉めると……。 「先輩」  腕組みをした佑哉が、2メートルほど先の壁にもたれかかっていた。  なぜここにいるのか。 「何話してたんですか?」 「業務連絡だよ」  スタスタと通り過ぎようとしたら、手首を掴まれた。 「……ちょっ」 「ほんとは? 絶対連絡じゃないでしょ。先輩、ちょっと顔怒ってますもん」 「怒ってない、離して」  会長が出てきたら見られる――  僕は佑哉の腕を振り払い、つぶやいた。 「ほんとに迷惑」  ……っ、て。  言ってしまってから、とてつもなく後悔した。  バッと顔を上げると、佑哉は目を見開いたまま絶句している。  ややあって、見たこともないような泣きそうな顔で、怒り気味に言った。 「なんかすいませんでした。俺には関係ありませんでしたね」  早足で階段の下へ消えていく佑哉を、追いかけることができない。  立ちすくんでいると、後ろからドアを開ける音がする。  僕はとっさに空き教室に駆け込み、会長がいなくなるのを息を潜めて待った。

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