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 最悪だ……。  校門を出て、枯葉を踏みながら家路に着く。  きょうは佑哉は仕事がないし、家に帰ったら嫌でも顔を合わせる。  色々注意したいことはあったけど、自分の発言がどう考えても悪いし、あんな泣きそうな顔、させたかったわけじゃない。  素直にごめんと言えばいいはずなのだけど、散々邪険にしておいてそれは虫がよすぎるような気もする。  絶対に傷ついたはずの佑哉に、どう謝ったら許してもらえるだろうか。  そんなことをグダグダと考えるうちに、マンションに着いてしまった。  ポストに手紙は……ない。  きっと佑哉はもう帰っていて、中身を取って行ってくれたのだろう。  コンシェルジュさんに頭を下げて、エレベーターへ。  気が重いまま玄関の鍵を回すと……。 「あれ? 佑哉?」  部屋の電気はついていなかった。  リビングにも寝室にも、トイレにもいない。  再び玄関を見ると、制服用のローファーが置いてある代わりに、愛用のスニーカーがなかった。 「出かけたのか……」  ほっとすると同時に、不安になる。  どこへ行ったんだろう。  佑哉は、仕事のない日にひとりで出かけることはあまりなくて、それは、部屋で僕と話したいからとか、あまり人に会いたくないからとか。  進んで出かけるなんて、どう考えても僕と顔を合わせたくないからに決まってる。  帰ったことを、連絡すべきだろうか。  いまさら言われてもうっとうしいかも知れないけど、一応、LINEは送った。 [帰りました。さっきはごめんね。夕飯用意して待ってます]  しばらくじっと見つめていたけど、既読にならない。  移動中なのか、誰かと会っているのか、あえて見ていないのか。  とてつもない不安に襲われて、ぐるぐると考えてしまう。  帰ってこないわけはないけど、何時に帰ってくるかは分からない。  なにせ、門限はないのだ。  夜にフラフラして、誰かに絡まれたり、週刊誌に撮られたら?  もう1回LINEを送ろう。 [ごめん、帰ってきて]  ……送信ボタンは押さず、消した。  さすがにこれは自分勝手すぎる。  迷惑だなんて切り捨てておいて、一体どの口が言うのかと。  時刻は16:50。  とりあえず、夕飯を作ろう。  あえて手間のかかる煮物を選んだのは、ただ帰りを待つのには耐えられなさそうだったから。  手を動かしていればいくらか気が紛れるかと思ったけれど、実際は、煮物を頬張り幸せそうに笑う佑哉の顔が浮かぶばかりだった。  頻繁にスマホをチェックするけど、やっぱり既読にならない。  まあ、本当に何か用事があって、その最中なのかも知れないし。  1時間、2時間……と、佑哉からは何の連絡もないまま、時間が過ぎてゆく。  何も考えないように勉強を始めたけど、文字を読んでも目が滑ってしまい、全然頭に入らない。  あんな、迷惑なんて、言わなければよかったな。  いや、元はと言えば、学校で風紀を乱すような行動をする佑哉が悪いんだ。  でもあんな言い方しなくたってよかった。  とはいえ、生徒会室の前で待ち伏せなんて、誰かに見られたらどうするつもりだったのかとか。  けど、自分の言葉は、故意に佑哉を傷つけてやろうと思って言ったことだったように思う。  ぐるぐる考えていたら、泣けてきた。  机に突っ伏し、腕の中に顔を埋めて、鼻をすする。  佑哉に嫌われたら、やだな。  生きていけないかも知れない。  ぐずぐずと泣いていたら、いつの間にか寝ていたらしい。 「せんぱい、」  聞こえるか微妙なくらいの小声で呼ばれて、それでも僕は飛び起きた。  部屋は真っ暗。  カーテンの隙間から差し込む月明かりで、辛うじて佑哉の顔が見える。  眉根を寄せた佑哉は、いすに座ったままの僕を抱きしめた。 「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。自分の気持ちばっかり押し付けちゃって、それで、勝手に怒って勝手にいなくなって心配かけて、ごめんなさい」 「いや、こっちこそ、酷いこと言って……」 「辰哉にめちゃくちゃ怒られた」  聞けば、気まずいので辰哉さんの家に泊まろうと連絡したら、電話口でものすごく叱られたのだそうだ。 「それで先輩、あの……なんか、こんなの埋め合わせにもなってないと思うんですけど」  佑哉が足元から拾い上げたのは、バラの花束だった。 「あっ、俺の趣味とかじゃないですよ。辰哉が、辰哉が『いますぐ花買って帰れ』って。花なんか男がもらってもうれしくないって言ったんですけど、いいから買えって」  恥ずかしそうに焦って説明する佑哉は、なんだか可愛い。  さらに言い訳を聞いたら、花なんて知らないから、とりあえずバラと言ったら、こんな感じですごい可愛い感じに包んでもらっちゃって……とかなんとか。  包装紙をぐるりと束ねるリボンは、先がくるんくるんと丸まっている。  こんなのをこんなかっこいい彼氏からもらったら、女の子はキュンキュン?してしまうのだろうけれど。 「……あはは。よく分かんないけど、ありがとう」  受け取ると、人工の『バラの香り』とは全然違う、みずみずしい香りがふんわりと鼻をくすぐる。  泣きそう、と思ったら、涙がぽろぽろと落ちた。  バレないように拭い、キッチンに向かう。 「花瓶、花瓶。なんか代わりになるものないかな」 「ペットボトルならありますけど」  電気をつけたら、お互い目が真っ赤だった。  僕も泣いたけど、佑哉も泣いてたんだ。  くすくすと笑いながら台所へ行き、ペットボトルの中を洗ってカッターで先を切って……花の重みで倒れてしまいそうだったから、養生テープでダイニングテーブルに固定した。  花束をほどき、ネットで切り方を調べながら茎の長さを調節して、味気ないペットボトルに生ける。  できあがったものを見て、佑哉が笑った。 「あはは、情緒も何もあったもんじゃないですね」 「でも、佑哉と一緒に花飾るの、楽しかった」  僕はじーっと、ブラウンと瞳を見つめる。  そして、苦笑いみたいな微妙な顔で頭を下げた。 「佑哉、酷いこと言ってごめんね。どうやって謝ったら許してもらえるか分かんなかったから、こんな……色々考えてくれて、うれしい」 「……辰哉にお礼言っておきます。一応」  佑哉が俺の服の端っこをつまみ、すすすと寝室の方へ向かうので、僕もついていった。

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