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10 聖なる夜

 まさかこんな、一丁前にクリスマスを待ち遠しくなる日がくるなんて、思わなかった。  高校在学中に恋人ができることが想定外だったし、卒業後も、仮に彼女ができたとしても、クリスマスに浮かれるようなタイプではないだろう……と、ぼんやり思っていた。  それがどうだ。いま僕は、何をしている。  クリスマス前の金曜、夜。  佑哉と花園ビリヤードで遊んで帰る途中、僕はぽつりとつぶやいた。 「佑哉は……最近、なんか、気になるグッズとかあった?」  我ながら、絶望的に話の振り方が下手くそだなと思った。  露骨すぎる。  案の定、佑哉はぷっと噴き出した。 「何? プレゼントの探り入れてくれてる感じですか?」 「うん。下手でごめんね。サプライズとかできないタイプなんだよ」 「あはは、お気遣いありがとうございます。俺あんまり物欲とかないんで、気持ちだけで大丈夫です。っていうか、クリスマスは先輩とエッ」  ひざ裏に蹴りを入れた。  周りの人はチラッと見てきただけで、話は聞こえなかったらしい。  コホンと咳払いをし、話を戻す。 「じゃあ、どこか食事でも行く? いや、クリスマスに葛城佑哉が現れたら、お店が大変なことになるかな」 「んー……そうかも……?」  言いながら苦笑いしちゃってるから、佑哉は嘘がつけないんだなあと思う。  僕はふうっと息を吐いて笑った。 「じゃあ、家でクリスマスパーティーにしよう」 「あっ、ケーキ作りたいです」 「作り方知ってるの?」 「なんか簡単な作り方とかありますよ、多分」  さして料理ができないふたり。  あーだこーだ言いながら作って食べるところを想像したら、それだけで幸せだった。  ……で、12/23、いまに至る。  ひとりで製菓材料店に来て、女性客に紛れながら、見てもさっぱり分からない棚の前でうなっている状態だ。 「ブッシュドノエル……」  聞き慣れない単語を口の中で読み上げて、思わず眉間にしわを寄せた。  店員さんに聞こうにも、忙しそうすぎて、誰も捕まらない。  簡単に作れるという、手作りキットのコーナーを見つけた。  でも、それさえ買ってしまえば大丈夫なものもあれば、それとは別に型とかを買わなければならないものもあるらしい。  料理初心者の男子高校生には、レベルが高すぎる。  それでも、悩む自分があしたをめちゃくちゃ楽しみにしていることが、おかしくて仕方がないのだ。  佑哉と一緒なら、なんでも。 「あのー……、なんか、困ってます?」  話しかけられて振り向くと、同い年くらいの女の子が首をかしげていた。 「あ、いや。えっと、初心者でも簡単にできるやつ探してるんですけど」 「家にオーブンありますか?」 「オーブン……? って、食パン焼くやつじゃないですよね?」 「それはオーブントースターですね。そうじゃなくて、電子レンジにオーブン機能があるかなって」 「ちょっと分かんないですね。いや、待てよ」  Amazonの購入履歴から電子レンジを見る。 「ないみたいです」 「じゃあ、箱の右下に『オーブン』って書いてあるのは、やめといた方がいいですよ」 「あっ、そういう見方なんですね、この記号。ありがとうございます」  ぺこっと頭を下げると、女の子はおっとりと笑った。 「良かったら、一緒に選びましょうか?」 「ほんとですか? 助かります。お願いします」  良かった、適当にネットで買ったりしなくて。 「これは、できてるスポンジと、デコレーション用のクッキーとか砂糖菓子とかチョコペンとか、色々入ってます」 「生クリームは自分で作るんですか?」 「あっちの冷蔵棚に、出来合いのホイップクリームがありますよ」  女の子に言われるままに、ぽいぽいとかごの中に入れてゆく。  これなら、ただ塗ったり乗せたりするだけでできそうだ。  女の子のかごの中には既にたくさんの材料が入っていて、あとはお会計というところだったらしい。  用は済んでいるのにわざわざ声をかけてくれたみたいで、申し訳なく思いつつ、本当に助かった。  会計を済ませ、混雑した店内から出た。  女の子もこのまま帰るようで、僕たちは駅に向かって歩き出した。 「すみません、手伝ってもらっちゃって」 「いえいえ。彼女さんに作ってあげるんですか?」 「いや、家族です」  別に、見ず知らずの人にまで交際禁止の建前を貫く必要はなかったのだけど、なんとなく後ろめたくて、そう答えた。  女の子はクスクスと笑う。 「いいなあ。おうちでみんなで作るの、盛り上がりそうですね」 「プレゼントは要らないと言うので、じゃあ、何か一緒にやろうかな……と」 「そういうの、すごく良いと思います」  女の子は、手に提げた大きな袋をちょこっと覗いた。 「わたしは、友達を呼んでクリスマスパーティーをするんですけど、その中に好きな人がいて」 「仲良くなれるといいですね」 「でも、狙ってる子多いから、どうなるかなーって。ケーキの材料買ってくるとかも、あざとすぎるとか思われちゃうかも知れないですし」 「そんなこと思わないですよ。僕みたいな見ず知らずの人間にも、親切にしてくれてるわけですし。そういうのって、意外と見てると思うので」  そんな、恋愛講釈なんて垂れる筋合いもないけれど、なんとなくこの人には、うまくいって欲しいなと思う。  駅に着くと、女の子は左手を指さした。 「わたし下りなんですけど」 「あ、僕は上り線なので……」 「じゃあ、ここで。楽しいクリスマスを過ごしてくださいね」 「ありがとうございました。えっと、頑張ってください」  女の子は眉根を寄せて笑い、手を振りながらエスカレーターを上がっていった。  ひとりになって、駅のイルミネーションを眺める。  なんとなく浮かれた街で、全く似合わない可愛らしいビニール袋を提げて、なんとなく浮かれた自分。  ちょっと笑いそうになりながら思った。  好きな人と一緒にいられるというのは、簡単なことではなくて、いまの当たり前は全然当たり前じゃないんだな、ということ。  あしたの夜まで、冷蔵庫の中でホイップクリームが見つからない方法を考えないとな。

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