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 翌朝、クリスマスイブ。  佑哉とのんびり登校していると、後ろから大声で呼ばれた。 「さーくまくーん!」  ダッシュで僕たちを追い抜かし、目の前に立ちはだかったのは、同じクラスの女子ふたりだった。 「お……おはよう?」 「ねえねえねえ、きのう、女の子と一緒にケーキの材料見てたでしょ」 「は!?」  叫んだのは佑哉だった。  僕は死にたくなりながら答える。 「……うん、買い物はしてた。けどあの人は」 「だれー? もしかして、付き合ってるとか?」 「いやいやいや、知らない人。何買っていいか分からなくて困ってたら声かけてくれて」 「は!? 先輩、どゆこと!?」  なんてタイミングで見られてたんだ。  サプライズのケーキがこんな形でバレるとは……って、いや、そうじゃない。  誤解を解かないと。 「ケーキ作ろうと思ったんだよ」 「えー? ひとりでー?」 「……佑哉と」 「いや、俺聞いてません」 「えーなになに? 葛城くん違うって言ってるよ。あの子と一緒に作るんじゃないの?」 「違う違う。本当に知らない人で」  頭が痛くなってきた。  誤解を解かないと、クリスマスが修羅場になってしまう。  突破口が見えなさすぎて、はーっと長くため息をついた……その時。  佑哉が絶叫した。 「俺も買っちゃいました! ケーキ! 作るやつ! 2個も食べられませんよっ!」 「…………え?」  固まる僕と女子。  佑哉は泣きそうな顔をしている。  ややあって、女子ふたりがひーひー言いながら笑い出した。 「あはははは。えー、もう、ふたりとも可愛すぎない?」 「女子力たっかー」  一通り茶化して、ふたりは去っていった。  取り残された僕たちは、しばし固まったあと、お互いの顔を見て噴き出した。 「先輩、もしかして、冷蔵庫の上の段にあった謎の箱……」 「うん。ホイップクリーム」 「俺、その箱の後ろに隠したんですよ、ホイップ。この箱何かなって思いながら」  聞けば、僕と一緒に作りたくて、ヘアメイクの女性スタッフさんに手作りキットを教えてもらったらしい。  ダメだ。想像したら可愛すぎる。  ちょっと照れながら、ケーキの作り方を教わる佑哉……。 「で、その女の子というのは?」 「えっ? だから、何度も言ってるけど、本当に知らない人。お店で困ってたら教えてくれたの」 「新手のナンパじゃないですか? 連絡先聞かれた?」 「ないない。その人はなんか好きな人がいて、クリスマスパーティーやるみたいなこと言ってた」 「そんなに親しく話したんですか?」 「親しくっていうか、駅まで雑談っていうか……」  どんどん言い訳がましくなる。  むぅっとむくれた佑哉は、しばらく頬をぷくぷくと膨らませていたけれど、すぐに機嫌をなおした。 「でもまあ、ふたりでおんなじ発想って、シンパシー感じちゃいますね」 「1日で食べるのは無理だから、日を分けようね」 「クリスマスが2倍かあ……」  感慨深げに、しみじみと空を仰ぐ佑哉。  僕はそのきれいな横顔を見ながら思う。  もしも校則に意固地になって、佑哉の気持ちも自分の気持ちも無視していたら、彼のこんな表情を見ることもなかったんだな、と。  夕方、家に帰ると、早速ケーキ作りが始まった。  じゃんけんの結果、作るのは僕が用意した方だ。  ご機嫌の佑哉が、スーパーで買ってきた苺とキウイをスライスしながら笑う。 「周りに塗るの、先輩がやってください。俺がやったらガタガタになりそう」 「えー? 僕だってうまくできるか分かんないし、ふたりでやればいいでしょ」 「うーん、まあ、そうか。楽しく作って食べられればいいですもんね」  スポンジの間にクリームとフルーツを挟み、周りにホイップクリームを塗り始める。  絞り出して伸ばすだけなので簡単と書いてあったものの、やはり、ふたりとも苦戦する。 「スプーンでやるの、間違えたかな。バターナイフとか平たい方がよかったかも。うわ」 「あはは、道具が何でも一緒ですよ。はい、とりあえずこれでOKにしましょ」  スプーンの背でなでつけたクリームは、一応、スポンジ全体を隠した。  上は簡単だと絞り出してみたけれど、意外と難しくて、売っているケーキのように、綺麗につんと先を上向けることができない。  センスもなくて、ぐにゃぐにゃのかたまりが何個か乗ってる感じ。  佑哉はクッキーにチョコペンで顔や模様を描いていて、楽しそうだ。 「飾っちゃえば見えない見えない」 「僕も何か書いていい?」 「もちろん。好きな色使ってください」  僕は水色を取り、少し大きい星型のクッキーに、文字を書いた。  Y&H 906  906は、この部屋の番号だ。  端っこにぷすっと刺すと、不恰好なクリームがいくらか誤魔化されて、華やかになった。  残しておいた苺を乗せて、完成。 「できたー!」 「あ、結構まともなケーキに見えるね」 「食べるのもったいないなあ」 「佑哉が買ってきた方もあるんだから、大丈夫だよ」  写真をぱしぱしと撮り、一旦冷蔵庫へ。  スーパーで買ってきたチキンの照り焼きとか、サラダとか、チーズの盛り合わせとか……あと、アルコールが入っていないシャンパン風の飲み物もある。  食卓に並べると豪華で、ちゃんとクリスマスらしい。  カウンターの上に置いたミニサイズのツリーは、金色の電飾が規則正しく点滅している。 「先輩、サンタの帽子とトナカイのカチューシャ、どっちがいいですか?」 「え、そんなのも買ってきたの?」 「盛り上がるかなと思って」  恥ずかしいし、いつもなら断るけど、きょうはなんだか素直にうれしくて、カチューシャを選んだ。  佑哉曰く、トナカイのツノを生やす僕は、最高に可愛いらしい。  僕にしてみれば、佑哉サンタの方が500倍可愛いけれど。  炭酸ジュースを注いで、ささやかに乾杯。  チキンを頬張っていると、佑哉がスマホを向けてきた。 「なんで撮るの」 「トナカイが鳥食べてるって、結構面白いですよ」 「佑哉も食べなよ。照り焼き、甘めでおいしい」 「ちなみにこれ、ムービーです」  楽しそうだから、まあいいか。  スマホを置いた佑哉の目の前に、不意打ち気味に、フォークに突き刺したチーズを差し出す。 「はい。あーん」 「……!? あっ、はい」  佑哉は盛大に照れながら、あむっとひと口でチーズを食べた。  なんだろう。  クリスマスって、頭がおかしくなりそうなほど幸せだ。  世の恋人たちが浮かれる理由がよく分かった。  別に信仰心も何もないから、ただただこうやって、好きな人と甘ったるく過ごせばいいだけのイベントで、相手もそういう前提なのだから、楽しくないはずがない。  佑哉がつぶやいた言葉を思い出す。  ――クリスマスが2倍かあ……  ケーキがふたつあって、よかった。

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