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11 初詣
意外なことに、冬休みはほとんど撮影が入っていないのだと、佑哉は言った。
「この時期は、春の番組改編に合わせて新ドラマの俳優さんを特集したりするんで、専属モデルのページは少なめなんです」
「なるほどね」
「その代わり? なんですけど、YouTubeに載せる冬休みVLOGを自力で撮ってこいって、カメラ渡されてるんです。これ」
手渡されたのは、小型の高画質カメラ。
最近YouTuberがよく紹介しているタイプだ。
「仲間と厳正なるあみだくじの結果、俺、初詣担当になったんで……良ければ、一緒に行きませんか?」
「えっ、いや。もちろん。でも、僕でいいの? カメラだったら辰哉さんにお願いした方が綺麗なような……」
「辰哉相手に笑顔なんて振りまけません」
そりゃそうか。
でも、佑哉と一緒になんて目立ちそうだし……地味な僕といて、佑哉にマイナスにならないだろうか?
「どこにお参りするとかは決まってるの?」
「いえ、自由に決めていいそうです。領収書もらってくれば、交通費とかごはんとか全部タダになるって言ってたんで、もう、どこでも」
今年は両親は帰国しないし、正直言って僕は、親戚にちょっと顔を見せてお年玉を回収する以外、やることがない。
その旨を伝えると、何かを思いついたらしい佑哉は、ニヤニヤしながらスマホを手に取った。
「もしもし? あ、あのさー、お正月友達連れて帰ってもいい? 初詣行くのに着物着せて欲しくて。うん、そう。撮影。えーっと、165センチくらいかな。あっ、違う違う。モデル仲間じゃなくて、一緒に住んでる先輩」
会話から察するに、僕はどうやら、お正月に佑哉の実家に連れて行かれ、着物を借りて初詣に行くらしい。
「えっ、今年本家なの? うーんどうしよ。さすがに気遣わせちゃうかな。聞いてみるけど。うん、分かった。また連絡する」
電話を切った佑哉に、僕はずいっと迫る。
「あのー……なんか話が勝手に進んだみたいだけど」
「あはは、すいません。言ったら断られるかなと思って。でも、先輩と一緒に着物で初詣したくて」
「それはいいんだけど、なんか、ご親戚の中に突撃する感じ?」
「はい。ちょっと人数多いんで騒々しいかも知れないんですけど」
佑哉はすいすいとスマホを繰り、写真を見せてきた。
「これ、うちの母方の親戚です」
「多っ! 何、30人以上いるよね?」
「はい。親戚ほとんど近所に住んでて、毎年どこかの家に集まるんですけど、今年は本家らしいんで、たぶんこの規模感で集まります」
本家があり、親戚はみんな近所。
要するにそれは、地主では。
「あーあのさ、いっこ質問があるんだけど。辰哉さんもお母さん側なの?」
「はい。というか、辰哉の家が本家ですね」
「えっ? どういうこと?」
聞けば、代々地主の小西家は、辰哉さんのお父さんが本家の長男なのだという。
佑哉のお母さんはその妹で、元々は小西家の人。
同級生の葛城さんと結婚して、本家から徒歩10分のところに住んでいるらしい。
色々納得した。
辰哉さんは、友達がいない佑哉のためにしょっちゅう遊びに来ていたと言っていたけど、近所すぎる。
「佑哉って、良家のお坊ちゃんだったんだなあ」
「いやあ、俺は嫁ぎ先の子供なんで、別に。ボンボンは辰哉ですよ」
「あ、アルファロメオにルイ・ヴィトンのキーケース」
「そうそう。辰哉の持ち物はほとんどブランドものですね。ちっちゃい頃から金銭感覚おかしいんで、自立して稼いでも全部使っちゃうんですよ」
実は、買い出しに連れて行ってもらった時、コインパーキングに停まった真っ赤な高級車を見て仰天したのだった。
サラッと『600万くらいかな~』なんて言っていた、のんきな横顔が目に浮かぶ。
「えっ、緊張する。何か手土産持って行った方がいいかな」
「要らない要らない。もう、食べ物なんてあり余ってるんで。むしろ、無理やり食べさせられないように逃げる準備した方がいいです。神社の出店で食べないと撮れ高が」
そんなにおすすめの強い親戚なのか……。
でもなんだか、この、素朴な性格の佑哉がどうやってできたのかが、分かった気がした。
味方になってくれる人がたくさんいて、その中で見守り育てられたのだろう、という。
彼のそばにいるとほっとするし心が安らぐけど、きっと、こういう環境にも関係があるのだろうなと思った。
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