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元日は、姫はじめとかなんとか言って、お恥ずかしながら1日中セックスをしていた。
あした歩き回るのにと何度も抗議しようとしたけど、なんというか、幸福感に負けた。
端的に言って幸せで、ずっと抱き合ってふわふわして、……そしていま、後悔している。
「いたたた」
「すいません。まさか改修工事してるとは……」
佑哉の実家は、うちから電車で1時間ほどの場所で、さして遠くなかった。
しかし、駅が改修工事中で、エスカレーターが使えなかった。
エレベーターはお年寄りと赤ちゃん連れで、乗れそうにない。
というわけで、きのうあれだけ求め合ったのが吹き飛ぶほどの後悔のなか、頑張って階段を上がっている。
行きからこんな調子で、カメラを回しながら初詣なんてできるのか。
「もうちょっとです」
「……僕、虚弱体質なんだよね」
「知ってます。可愛い。だから頑張って」
改札を出ると、ロータリーの周りにスーパーやら飲食店やら銀行やらが並んでいた。
ごくごく一般的な郊外の街。
でも、ここで佑哉が育ったのだと思うと、文化財でも見に来た気分になる。
住宅街に入っていくと、同じ形の家が何軒も並ぶ中に、立派な門構えの家がぽつぽつ見られるようになった。
さりげなく見ると、小西率の高いこと高いこと。
本家というのがどのくらいの権力なのかは分からないけれど、あのひょうひょうとした辰哉さんがお坊ちゃんというのは、面白いようで、納得するような節もあった。
佑哉が、モダンな2階建ての家を指さす。
「ここです、俺んち。でもすいません、通過で」
「うん。今度、部屋見せてね」
佑哉が遊んでいた公園、受験勉強を乗り切ったコーラの自動販売機、専属モデル決定の電話を受けたポストの前。
思い出話を聞きながら10分ほど歩いたところで、立派な日本家屋の家についた。
「ただいまー」
「おじゃまします」
玄関を入ると、長い廊下。
つるりとした木の床をスライディングして、子供が3人出てきた。
「ゆうやにいちゃんだー! あけおめー!」
駆け寄る子供たちを、佑哉が抱き止める。
「この人だれー?」
「一緒に住んでる人だよ」
「あっ、スーパーヒーロー!? この人!?」
子供たちが、頬をてからせて俺を見上げている。
「えーっと、ヒーローではないんだけど、佑哉の友達の佐久間広夢です」
「あー、やっぱりそうだ! ママ言ってた! ゆうやにいちゃんのこと守ったんでしょ!」
どういうことかと聞けば、ラグビー部の件で犠牲になった俺は、小西家の子供たちの中で、佑哉を助けたかっこいい人ということになっているらしい。
「もっとムキムキかと思った」
「先輩は頭脳派なんだよ」
「かっこいい!」
子供たちの盛り上がる声を聞きつけて、大人が出てきた。
恐縮してしまうくらいの歓迎のなか、大広間へ通される。
豪華絢爛 のおせち。
目をみはっていると、小柄な女性がすすっとやってきた。
「はじめまして、佑哉の母です」
「佐久間広夢です。お招きいただいてありがとうございます」
ぺこっと頭を下げると、佑哉のお母さんは胸の前で両手を握りしめた。
「いえいえ。こちらこそ、一緒に住んでもらうことにしたのに、あいさつにも行けなくてごめんなさいね」
佑哉のお母さんは、祖父母両方の介護をひとりでしていて、なかなか家が開けられないのだという。
引っ越しの時にあいさつという話もあったのだけど、事情を聞いて、僕が断った。
「怪我は大丈夫?」
「はい。もうすっかり治りました」
「それなら良かった。佑哉は迷惑かけてない?」
「いえ、楽しく暮らせてますし、僕が苦手なこととか率先してやってくれるので、助かってます」
「俺この間、先輩のコートにくっついてた蛾やっつけたんだよ」
ニコニコする佑哉を、お母さんが軽く叩く。
「そんなことで自慢してるんじゃないわよ」
「いやあ、先輩可愛くて。ぎゃーぎゃー騒いでたから俺がいなかったら……」
「ゴホン」
咳払いすると、佑哉はてへへと笑って話をうやむやに終わらせる。
佑哉のお母さんは、同じような笑顔でにっこり笑って言った。
「着物、何着か用意してあるから、好きなの選んでね」
何を着るかは、なんとなく、お互いが相手のを選ぶ感じで決めた。
佑哉は、濃いグレーの着物と羽織に茶色の帯。
自分で選んだものをこんなに絶賛するのはどうかと思うけど……はっきり言って、めちゃくちゃかっこいい。
いや、モデルだし、服を着るのが仕事なんだから、当たり前なんだけど。
こんないでたちの人が歩いていたら、女の子は5度見くらいするんじゃないだろうか。
というか、秒速で葛城佑哉だとバレそうな。
「佐久間くん、腕、ばんざいしてくれる?」
「はい」
俺も着付けてもらって、出かける準備ができた。
佑哉が選んだ僕の着物は、鮮やかな紺色。
若草色の帯に、黒に近い濃紺の羽織を合わせてくれた。
センスが良くて、いい感じにしてくれたのはありがたい、けど。
「先輩、可愛すぎる……」
「人前でそういうこと言うのやめてくれる?」
「だってすっごい可愛いんだもん」
お母さんに聞こえないように抗議するも、佑哉はデレデレだ。
お礼をしてさっさと出ようとしたら、後ろの障子が開いて、聞き慣れた声がした。
「お、似合うじゃん」
「あっ、辰哉さん。あけましておめでとうございます」
「あけおめ」
「おめでとう。今年もよろしくね。ほら、ふたりともお年玉」
ぽち袋はうすっぺたい。
まさかと思って見たら、やはり1万円札だった。
「うわ、こんなのもらえません」
「いいからいいから」
「先輩、もらっといて大丈夫です。辰哉ありがとう」
佑哉の勢いに負けて、ぺこっと頭を下げ、お礼とともに受け取った。
「どこお参り行くの?」
「白ヶ岡天満宮」
「人多いけど大丈夫? って言っても撮影でマスクしてるわけにいかないしなー。でかめのマフラー貸そうか?」
「あ、それはありがたい」
佑哉がうれしそうに笑うと、辰哉さんは頭をポリポリ掻きながら言った。
「本当はオレが周りについて、無断撮影する人とかに注意して回るのが一番なんだけど。でもそれだと初詣デートにならな……」
「辰哉さんッ」
僕が声を張り気味に被せると、辰哉さんは肩をすくめて笑った。
「ま、いいとこ見せなされよ、佑哉 くん」
「たっつやぁああ! いいからマフラー!」
佑哉が吠えたので、子供たちが面白がって見にきてしまった。
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