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 佑哉の家から1時間ほど電車に揺られて来たのは、白ヶ丘天満宮という、市内では有名な神社だ。  参拝客があまりにも多く、改札を出たところから既に、列が始まっている。  よほど目立つことをしなければ、葛城佑哉の存在には、誰も気づきそうにない。  辰哉さんからは『彼氏感が出るように、カメラの距離は近めで、目線は少し下から。佑哉は下手にレポートとかはせず、普通にカメラマンと会話するように。カメラマンはたまに突っ込み程度で声が入った方が面白い』というアドバイスをもらった。  でも、それって話を総合すると、普段の僕の目線で撮って、ただ会話すればいいだけだから、ものすごく、ものすごく普通だ。  敬語封印というところだけ、新鮮か。 「うわ、すごいね、列。30分以上待ちそう。寒くない?」  話しかけられて、僕は、カメラを持ったままふるふると首を横に振る。  佑哉はふわっと笑った。 「疲れたら言ってね」  彼氏感を狙った発言なのだろうけど、でも、全くの嘘というわけでもないのは分かっている。  どう見ても、僕を気遣ってるから。 「せっかくVLOGだし、何か最近のこと話そうかな」  佑哉はキョロキョロと周りを見回し、にっこり笑った。 「最近料理するようになって、学校も仕事も休みの日は結構凝ったやつも作ってます。パエリアとか」 「焦がしたけどね」 「うん、上の方はおいしかった」  学校から支給される食費は、寮のバイキング利用費と同額なので、そこまで高くない。  なので、普段は節約して、たまに趣味感覚で、手の込んだ料理を作ることにしている。  その他適当に趣味の話をしていたら、列が大きく動いた。  佑哉の着物の全貌が入りそう。  足元から頭の先まで映すと、モデルの習性なのか、瞬間で雑誌みたいな笑顔を浮かべた。 「祖母が和裁の先生で、いま着てるこれも、おばあちゃん作。で、着付けてくれたのは母。なんか資格持ってるはず」 「すご」 「服が好きなのは似たのかも。俺は着る専門だけどね」  そしてまた適当に話し、一旦カメラを止めた。  途端、佑哉がぴったりとくっついてくる。 「なんか盛大にノロケてるみたいで楽しいですねこれ」 「……僕、もうちょっと存在感消した方が良さそうな」 「えー先輩と話したいです」  列の前後が年配の人でよかった。  こんな内容の撮影、佑哉を知っている世代だったら、確実にパニックになっていたと思う。  佑哉は僕に耳打ちした。 「ほんとは、着物脱がしながらエッチしたいんですけど、着崩しちゃったら直し方分かんないんで、我慢します」 「……っ、あったりまえでしょ」  不適切。風紀が乱れてる。  晴れやかな初詣でそんな煩悩まみれなことを言って、バチが当たるんじゃないかとか。  くだらない話をするうち、お賽銭箱(さいせんばこ)の前に到着した。  するとなんと佑哉は、大胆にも千円札をぶっ込み、強く手を叩いて、ぎゅーっと目をつぶり、お祈りを始めた。  僕は不思議に思いながら、お財布の中の小銭を全部入れ、静かに手を合わせる。  ふたりで穏やかに過ごして、僕は受験生になるから、学業も頑張りたい。  佑哉が、好きな仕事で活躍できますように。  僕も、最後の高校生活を充実して過ごせますように。  顔を上げると、佑哉はまだ何かをお願いしていた。  さっきとは打って変わって、静かに目を閉じている。  僕は黙ってその横顔を眺めた。  佑哉のルックスは色々な表現方法があるけれど、凛とした着物姿で目を伏せているのは、『美しい』だと思う。 「……よし」  顔を上げた佑哉は、こちらへ振り向き、晴れやかな笑顔を見せた。 「お待たせしました。じゃ、お店見てまわりましょうか」 「うん。僕さっきから、あの豚汁が気になって仕方ないんだよね」  屋台を指差すと、佑哉は眉根を寄せて笑った。 「先輩、可愛い」 「……? 豚汁食べたいって言っただけだけど」 「先輩が欲望を口にするって珍しいから」  佑哉は機嫌良く、僕の片手をとった。 「ちょ……っ!?」 「ほら、転びますよ。着物だと歩幅が狭まりますから。気をつけて」  石段を降りながら、再び、きのうのダメージを感じる――ただ歩く分にはいいけれど、上り下りが腰にくるのだ。  佑哉に先導されて、無事、豚汁の屋台の前まで来た。  ふたり分を買い、境内の隅に腰掛ける。  真横に並んでビデオカメラを回すと、なんというか、彼氏感がすごい。  佑哉は画面に近寄ってきて、小首をかしげた。 「とりあえず食べたら? 冷めちゃうよ」 「……」 「ふふ、分かった。じゃあお先に、いただきまーす」  はふはふと白い息を吐きながら、薄い大根と肉の切れ端を口に運ぶ。  おいしいと言って顔をほころばせる佑哉を見て、これはコメント欄が盛り上がりそうだなと思った。 「味染みてておいしい。やっぱ、大量にぐつぐつ煮込むとおいしくなるのかな」 「かもね」 「新年から良い思いしちゃってるなー。あとでお餅も買いたい」 「何が好き?」 「きなこ」 「佑哉は甘党だよね」  視聴者にさりげなく、情報を与えてみたりして。  佑哉の表情は、いつもの僕に対する甘えた感じじゃなくて、ただただかっこいい男子高校生だった。  僕としても、日常の佑哉を普通の友達感覚で見ているようで、楽しい。  佑哉は豚汁をすすりながら、あたりを見回した。 「今年の目標は、趣味をいっこ極める」 「何?」 「ビリヤード。教えてもらってるんだけど、けっこう楽しくて」 「へえ」 「俺、趣味とかで『形から入る』というのは普段はあんまりないんだけど、ビリヤードは、マイキューとか欲しくなるね。男のロマンなのかな」 「武器っぽいからじゃない?」 「あー、冒険の(つるぎ)が欲しい的な? ありえる。愛剣1本でボールをやっつけていくからね」  そういえば、キューを持ち込む常連さんを見て、少しうらやましそうにしていた気がする。  佑哉の話はどれも、別に僕がどうとか言ってるわけじゃないのに、結局は全て僕との生活の話に結びついていて、こうして改めて聞いてみると、お互いが日常に溶け込んでいるのだなと思った。  白ヶ丘天満宮の名物をいくつか撮り、帰路についた。  まだ夕方だっだけれど、小西家ではすっかり宴会になっていて、子供たちははしゃぎ回っているし、賑やかだった。 「先輩、良ければうち泊まっていきませんか?」 「佑哉の家?」 「はい。別に変わったものはないんですけど、なんとなく」 「見たい見たい」  夕飯は小西家でたらふくいただいて、葛城家へ向かった。

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