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13 バレンタイン
men's ASの最新号、バレンタイン特集のページを開きながら、僕は精一杯の虚勢を張った。
「ず、随分距離が近いんだね?」
「あはは。今回はチャレンジ回です」
ソファに座った佑哉の膝に、向かい合うようにして女の子が乗っかっている。
顔の距離は、鼻がくっつきそうな危うい近さ。
ぷるりとしたリップの少し下に佑哉の手が添えられていて、なんというか……いや、そういう仕事なんだけど……。
「コンセプトは、『はじめての背伸び』らしいですよ。バレンタインで積極的な女の子に迫られて。あはは」
いままでの佑哉の写真は、ほとんど女の子との絡みがなかった。
さわやか硬派なイメージと、暗黙の青花ブランドがあるので、女の子を寄せ付けない方面で売り出していたらしい。
「もうすぐ俺も2年生ですからね。無垢キャラは来年の1年生に譲ることになるんで、少しずつ表現の幅を広げていきたいな、と」
「ん、そうだよね。……新しい感じの仕事が増えたら良いね」
全く、僕は子供じみている。
本人にしてみれば『新しい仕事の開拓』なのに、僕ときたら、喜ぶどころか微妙な気持ちになってしまった。
……でも、そんな自分も致し方ないんじゃないかと思う程度には、誌面のふたりはお似合いだ。
美男美女で、本物のカップルに見える。
自分なんかよりよっぽど。
「バレンタイン当日、俺、何も予定ないですよ。どこか出かけません?」
「ほんとに? えーと、そうだなあ。放課後どこかでブラブラして、ファミレスか何かで食べるとか」
「あ、水族館に行きたいです」
意外なチョイスだ。
首をかしげると、佑哉はえへへと笑った。
「絶妙に暗いし、見つかりそうになったら水槽にべったりくっついちゃえばいいし、どさくさに紛れて手を繋ぐくらいならできるって、モデル仲間が言ってました」
「室内だしね。寒くなくていいか」
「海野辺水族館ならちっちゃいし、2時間あれば回れて、ちょうど良い気がします」
なんだかすごくデートっぽい。
素直に、めちゃめちゃ楽しみだ。
それなのに、机の上に開きっぱなしの誌面の女の子を見ると、やっぱり子供じみた劣等感がむくっと顔を出してしまう。
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