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当然のことながら我が校はプレゼントの持参が禁止で、僕を含め風紀委員全員で、朝から校門前で持ち物チェックを行っている。
「申し訳ないんですが、その包みはこのかごに入れてください。帰りに職員室に寄ったら返してもらえるので」
「うーほんとにプレゼントじゃないよ」
「すみません。ここで包装を開けて証明するか、このまま預けて下校時に無事に返されるかの二択です」
これから渡すつもりの女子もかわいそうだけど、校門前チェックを避けて先に渡されたのであろう男子も、気の毒だ。
僕だってこんなことしたくないけど。
贈り物って、気持ちじゃないか……とか。
顔を上げると、遠くから佑哉が一直線にこちらにやってきた。
両手に紙袋、相当困った顔で笑っている。
「おはようございます。朝から大変ですね」
「うん、そっちもね。ほら、佑哉専用ボックス作ってあるから、そこ」
「……あはは。お気遣いありがとうございます」
紙袋とは別に、スクールバッグの中からも、出るわ出るわ……。
「きゃー本人いた! ラッキー! あの、これ手作りだから、食べてね」
「えっ? あ、ありがとうございます……」
女子は恥ずかしそうに手渡し、走り去っていった。
佑哉は戸惑いながら、可愛らしく包装された小箱を、足元の段ボールにそっと入れる。
本人が教室に行った後も、仕組みに気づいた女子が、続々と僕の周りに寄ってきた。
たしかに、次々没収していくだけの他の箱とは違い、ここに入れてしまえば確実に本人に届く。
まるで私書箱だ。
「あたしに返却しなくていいので、葛城くんに渡してください」
「手作りなんで早めに食べて欲しいって言ってもらえますか?」
「ダメ。この箱は登校前に葛城くん本人が受け取ったものを預かってるだけです」
「いいじゃん、どうせ帰りに待ち伏せして渡すんだからー!」
……門の前に出待ちの列よりはマシか。
どう考えても佑哉ひとりで持ち帰れるわけがない量のプレゼントが、次々と放り込まれる。
そして案の定、帰りはとてもじゃないけど持って帰れる量ではなくなり、だいぶ贅沢だけど、タクシーを呼んだ。
少し遠回りしてもらって、マンションに到着。
ふたりがかりで段ボールを運ぶ姿を、コンシェルジュさんがニコニコと微笑ましげに見ていた。
「はー、重い」
「思ったより時間食っちゃいましたね。貴重なデートタイムが」
せっせと運び、部屋に入ると、とりあえず冷やさないといけなさそうなものだけ仕分けて、冷蔵庫へ入れた。
そしてバタバタと着替え始める――お恥ずかしながら、服に迷って時間のロスをしないよう、昨日の夜からコーディネートは決めていたのだけど。
「いざ! 水族館!」
なんだ、佑哉も相当張り切ってる。
込み上げるうれしさが態度に出ないよう、きゅっと口を引き締めて、玄関を開いた。
最寄駅前、11月から点灯し続けているイルミネーションは、2月に入ってからは、赤だのピンクだのといった少女趣味な感じに変わった。
ファッションビルのショーウィンドウには、露骨に『Valentine's Day SALE』の文字が躍る。
ゴトゴトと電車に揺られて30分。
お目当ての水族館前には、想像以上の人が列を成していた。
皆考えることは同じかな、と思う。
佑哉がさりげなく僕の手首を掴んだ。
「スマホ決済してる人はこっちみたいです」
列の合間を縫って進む。
こんなちっちゃなことでドキドキしてしまうなんて、なんか、付き合いたてみたいだ。
スムーズに館内に入ると、内装もバレンタイン仕様になっていて、1時間に1回あるプロジェクションマッピングも、ハートが飛び交うらしい。
「なんか隙を見てキスするくらいならできちゃいそう」
「しないよ」
「しませんけど。妄想妄想」
皆、自分たちの世界って感じ。
バレンタインデーに男ふたりという一見悲しい状態にも、誰も気づいてすらいなさそう。
縁結びのチンアナゴの前には、自撮り待ちで列ができている。
「……魚の世界にも、モテるとかやっぱあるのかなあ」
「どうでしょうね? あるような気がしますけど。派手な柄のヒレを開いてメスにアピールとか、なんかありそうじゃないですか。求愛行動的な」
「黙っててもモテちゃうとかは?」
「あるかも? いや、何の話ですか?」
ケラケラ笑うので、佑哉の背中をぽふっと叩いた。
少し明るいゾーンに来たら、チラチラと女の子たちが佑哉の方へ振り向いているのだ。
彼氏と腕を組んでいるのに。
佑哉はマスクとニット帽で、ほぼ目しか出ていないのに。
「クラゲゾーン行きます?」
苦笑いの佑哉が、僕の服の二の腕あたりを軽くつまむ。
僕は黙って、すすっと移動した。
巨大なまんまるの水槽のそばに、並んで立った。
小さなくらげたちが、ひらひらと長い足を揺らして、優雅に泳いでいる。
ときおりライトの色が変わって、半透明の体が複雑に色を帯びる。
幻想的な光景だ。
生き物の神秘に息を呑む。
混んできたので壁際に寄ると、佑哉がそっと手を繋いできた。
僕はどぎまぎしながら、指を絡める。
「きれいですね」
「うん。僕はなんだかんだ、白いライトが一番好きかも」
「俺も。ありのままって感じで」
誰にも見えない柱の影で、僕たちはキスをした。
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