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 佑哉が電気をつけて、まぶしさに目を細めた。  こんなことで気持ちよくなっちゃって、風紀どころの話じゃない。犯罪だ。  泣きそうになっていると、佑哉は名刺サイズのケースを取り出した。 【ミンティ】 「……は?」 「おいしかったでしょ。期間限定の新フレーバーで、うちの雑誌とコラボしてるんです。来月載るんでたのし」  言い終わる前に、脇腹を思い切り蹴り飛ばした。 「痛っ……!」 「バカ! この、バカ佑哉! バカ!」 「いたい、いたっ、すいませんすいません、からかいたくてつい」 「バカ! もう知らない!」  前蹴りをかまして、そのままブランケットをかぶった。  怒りと恥ずかしさで、プルプルと震えが止まらない。 「ごめんなさい。でもなんか興奮したでしょ?」 「バカ。まぬけ。バカ」  まぬけは自分だ、とか思いながら。 「ごめんなさいってば」  ブランケットが無理やりはぎとられると、佑哉は、叱られた子犬みたいな顔をしていた。 「正直、先輩があんな風になっちゃうと思わなかったんです。俺も盛り上がってつい……」 「ほんとに、ただのミンティなんだね? 中身が変なやつにすり替えられてるとかじゃなくて」 「はい。先輩がエッチな気持ちになっちゃったのは、ミンティのせいじゃなくて俺の指が……ったあ!」 「それ以上言ったら叩き出す!」  数日後。全校生徒を集めた、体育館にて。  警察の方の真剣な訴えと、リアルに怖い再現VTRのあと、僕は生徒代表として壇上に上がった。 「――ドラッグは、身近にあふれています。実は僕の周りにも、眠気覚ましのタブレットだとだまされて、危うくドラッグに巻き込まれてしまいそうになった人がいました」  場がどよめく。  佑哉を目線だけで探すと、目を見開いていた――いわずもがな、復讐である。  悩んだら、すぐに大人や警察に言うように。  そう締めくくって、僕はスピーチを終えた。  どこぞの後輩が、全校生徒の前で一発論破する僕のことが好きだと言っていたから、それを実行したまでなのだけど。  ……反省して欲しい。  その日の授業は講演で終わりだったので、ホームルームが終わると、すぐに寮に戻った。  割とさっさと出てきたつもりだったけど、それよりも早く、佑哉が部屋に戻っていた。  そして、土下座。 「先輩! たいっっっへん申し訳ありませんでした!」 「懲りた?」 「うん、超懲りた。めちゃくちゃ懲りました。先輩に嫌われたくない……!」  突進してくる佑哉を受け止めきれず、ごろんと派手に転んだ。 「そ、そういうところだよ。最近なんか急にわってするから、なんかクスリで変なテンションになっちゃってるのかと思った」 「え? それは普通に先輩が好きってだけですけど? 仕事終わりに先輩に甘えると、秒速で癒されるんで」  キョトンとする佑哉を見ていたら……なんだかおかしくなってきてしまった。  ぶっと噴き出して、体を起こす。  両手を広げたら、佑哉は姿勢を正して、おずおずと僕を抱きしめた。 「雑誌、楽しみにしてるね」 「多分、良い出来だと思いますよ。先輩と一緒に食べたいなって思いながら撮ってもらいましたから」  佑哉の笑顔を見たら、あんな大掛かりな復讐をしたにもかかわらず、僕の中に小さな願望が芽生えてしまった。 「あ、あのさ……」 「なんですか?」 「限定のやつ正式に発売されたら……また、やってほしい、かも……」 「え? クスリごっこ? 本気で言ってます?」 「うん。いや、クスリとかじゃなくて、普通に。食べさせて欲しくて。佑哉に溶かしてもらったらおいしかったから」  佑哉は黙ってうつむいた。 「ごめん、調子良すぎたっ。めちゃくちゃ怒っておいて何だって感じだよね」 「…………先輩の、そういうところですよ!」 「えっ!? あっ、や……っ」  思いきりのしかかられて、ベッドの上に組み敷かれて、口に指を突っ込まれた。 「ミンティなんかなくたって、先輩はエッチですよ。ほら」 「……んぁ、っ、あ」  おっしゃる通り。  それもこれも、葛城佑哉とかいう中毒性の高い人物が、僕の思考回路を変にしちゃったからだ。  自覚はあるのだろうか。

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