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8.穏やかな日常
ユサ…とゆったりとした振動で目が覚める。
何かいい香りのものに抱きついているのが温かくて心地よくて
もぞもぞと抱きつき直すと、
「気が付いたかよ。」
と前から声がして。
驚いて身体を起こすとムスッとした横顔が見え
暗めの赤髪に鋭い目つきをした、怖そうな人におぶって貰っていたことを知る。
「ご…ごめんなさいッ」
「っ、暴れんなバカ…!」
咄嗟に仰け反ったせいでバランスを崩したおれをなんとか踏ん張り支えてくれた人は、
イライラした様子で悪態をついた。
「チッ…どんくせーな…」
「ごめんなさい…。あの、おれ歩きます…」
「あと部屋戻るだけだ。寝てろようぜーから」
突き放すような言葉と態度に怯んでいると
バタバタと勢いよく近付く足音がして、
それからバシィッと痛そうな音が聞こえた。
「お前はぁ…いちいち言い方悪りィんだよ!」
「ってぇなオッサン、どっから湧きやがった…!」
「まだ20代だっつってんだろクソガキ…!」
現れたのは、いつかの世話係の人で。
もっと落ち着いた印象だったなぁと目を丸くして見つめていると
赤髪の人と顔を突き合わせていたのをふとやめて、こちらに声をかけてくれた。
「よう、おつかれさん。」
「あ、っはい…おつかれさまです、」
「こいつの言う事は気にすんなよ?
愛情の裏返しだと思って許してやってくれ。」
「きしょく悪い事言ってんなよオッサン、」
「だーかーら、先輩か廉司さんと呼べっつの」
すぐ口論になるらしい2人はまた睨み合っているようで、なんだか赤髪の人の背中に乗ったままでいいのかなと申し訳なくなる。
でも廉司さんと名乗っていた人は用事を思い出したらしく、すっと落ち着いた様子に戻った。
「っと…早く戻らねーとあいつに怒られんな」
「……またあのスカした野郎と仕事かよ。」
「誰かさんがそんな態度だから、必然的にな」
やれやれという風にため息をついた廉司さんは
困り顔で赤髪の人を見つめた。
「もっとうまくやれねーのか、あいついい奴だぞ?」
「はぁ?」
「取っ付きにくく見えるが、周りをよく見てるし…仕事も早くて丁寧だしな。何だかんだで優しい奴だろ。」
「………ベタ褒めだな。」
「そりゃぁ、それなりに長くいるしよ。」
「……やっぱ気に食わねえ。」
機嫌を損ねたらしい赤髪の人は、仕事だろ早く行けよと廉司さんを追い払うように別れて。
押し黙ったまま部屋までおれを連れて行くと
静かにベッドに座らせてくれ。
さっさと出ていこうとするから慌てて声をかけた。
「あ、ありがとうございました…!」
「………るせーよ寝てろ。」
「…ふふっ、わかりました。」
赤髪の人は、にこにこしているおれを睨み、
舌打ちをして部屋を出て行った。
なんだかそんな態度でも怖くなくなっていて、
そっと下ろしてくれたお陰であまり痛まなかった腰をさすりながら、寝転び、眠りについた。
洗ってくれていた身体はすっきりしていて、
かすかに残るあの人の香りが胸を温かくした。
お尻のポケットにお金まで集めて入れてくれていたのを知ったのは、次の日起きた時だった。
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