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2章 ②

 ベルをがらんがらんと鳴らして入ってきたのは、店に出すデザートを仕入れている近所の洋菓子店『MINEZAKI』のパティシエ、峰崎真治(みねざきしんじ)だ。  学生時代はラグビー一色で、縦にも横にも大きい、いかにもな体格を有している。指も体つきに見合ってかなり太いのだが、作り上げるケーキはどうしてこんな繊細な細工ができるのかと驚嘆するほどだ。 「ぎっくり腰かぁ。大丈夫かな、マスター。それになあ」  カウンター越しに、鼻歌混じりに豆を選んでいる怜を見やる。 「お前がコーヒー淹れんの? 怜」 「うん。久しぶりで腕が鳴るな〜」 「久しぶりすぎるだろ。お前、学生時代にちょこっとバイトしてただけじゃねえか」 「淹れ方はちゃんとマスターに教わったもーん」 「いい歳して『もーん』とか言うんじゃねえ。ぜってぇ、ヤスさんたちに文句言われるぞ」  ヤスさん、というのは近所のご隠居さんだ。  安川建設という地元ではけっこう大きな建設会社の前社長で、今は息子に代を譲って悠々自適な生活を楽しんでいるらしい。  だいたい開店と同時に来て、奥のテーブル席はそのままご隠居仲間のたまり場になっている。 「うん……貼り紙しとくかな。今日のコーヒーは一味違うぜって」 「アホか」 「おっす。なんだ、ガキどもしかいねえのか。クロさんは?」  噂をすれば、当のヤスさんがベルの音とともに顔を出した。  マスターは本名を黒岩駿介(くろいわしゅんすけ)という。ご隠居仲間からは『クロさん』というあだ名で呼ばれているのだ。 「ぎっくり腰? あちゃあ。やっちまったか。で、どの程度なんだ? ひどいのか?」 「病院の先生によれば、初めてだし、そんな重症でもないから、一日二日安静にしてれば治るだろって」  怜が、真治の持ってきたクッキーやらマドレーヌやらをレジ横の棚に並べながら答えた。 「そうか……まあ一安心だな。で? 怜、お前がコーヒー淹れるのか?」 「そうそう。貼り紙しようとしてたんだ。今日のコーヒーは……」 「一味違うぜってか? アホか」  言おうとしたことを先回りされてしまい、怜はぷうっと膨れ面になった。  そこへ真治がタイミングよく、 「はい、その顔。もう似合う歳じゃないって自覚しろ」  透瑠は、思わず吹き出すところだったのを懸命に抑えた。 「まあクロさんがここにいない時点で分かるわな。そんでクロさんの味が分かる奴で、いつもの味じゃなくても文句言う奴はいねえよ」  常連ばっかしだからな、とヤスさんはクックッと可笑しそうに背中を震わせた。 「おはよー。あれ、クロさんは?」  ご隠居仲間が三人ほどぞろぞろ入ってきて、また同じやり取りが繰り返された。  結局、怜は閉店時間まで手伝ってくれた。 「おつかれさま。頑張ったね」 と、頭をくしゃくしゃと撫でられた。なぜか朝と違って、それを嬉しく感じてしまう。  ありがとうと言うべきなのだろう。食事メニューはほとんど怜が作ってくれた。コーヒーもだ。常連のお客さんはセルフで運んでもらったりした。それも怜が声をかけてくれたりしたおかげだ。絶対一人では回らなかった。  でも言葉は素直には出せず、 「こ……子供扱いするなよっ」  また、手をはねのけてしまう。  怜は何も言わず、ただ苦笑するだけだった。  

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