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2章 ④

 やっぱり無理かもしれない。透瑠は真治に気づかれないようにそっと息を吐いた。  ランチタイムが始まると、俄に忙しくなってきた。  昼休み手伝うね! と言っていた怜は、先ほど『ごめん打ち合わせが終わらない〜(泣)』とメッセージが来ていた。これはもうアテにならないだろう。 「ハンバーグランチ、ソースはデミグラスで。あとオムライス単品で」 「おう」  真治が立つと、いつもより厨房が狭く感じられる。開店前、マスターにあらかたレシピを確認して何度か一緒に調理していたが、すでに一人で調理場を回している。ジャンルは違えど、さすが料理人ということだろうか。    コーヒー出たら呼んでね、と言い残してマスターは奥の畳の部屋ヘ引っ込んでしまった。やはりまだ完治したわけではないので、痛みが残っているのだろう。  奥の部屋は、透瑠たちが休憩したり、たまに仮眠したりできるように布団も用意されている。 「ハンバーグ、上がったぞ」 「あ、はい」  真治に声をかけられてカウンターに戻ったが、透瑠は皿の上を見て足が止まった。  リュミエールのハンバーグランチは3種類のソースが選べるようになっている。  チーズとトマトソース、デミグラスソース、ホワイトクリームソース。  確かさっきのオーダーはデミグラスだったはずだ。しかし、目の前にある出来たてのハンバーグにはとろけたチーズに赤いトマトソースが乗っかっている。  自分がオーダーを書き間違っただろうか。確認したかったが、オーダー票は真治の手元にあって、透瑠にはそれを真治に尋ねる勇気がなかった。  聞き間違っただけかもしれない。オーダーにはトマトと書いたかもしれない。  透瑠は思いきって、そのまま皿をトレーに載せた。 「お待たせしました。ハンバーグランチです」  年配の女性客の前に皿を置いた途端、客は声を上げた。 「あらっ、ソースが違うわ。私、デミグラスソースでお願いしたわよ」  ギクリ、と手が震えた。 「あ、そう、でしたか……申し訳ありません……あの……すぐに作り直します」 「すぐにって言っても……私急ぐのよ。今から作り直すのなんか待ってられないわ」  どうしよう。どうしたらいいんだろう。頭が真っ白になる。やっぱり、ちゃんと真治に確認するべきだった。後悔してももう遅い。  

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